第1章22話:刺客について
刺客との戦いに備える……
そう述べた私の言葉に、アリスティはさしたる驚きを見せなかった。
アリスティもまた、薄々、予見していたに違いない。
――――汚職事件の罪をなすりつけられた私。
しかし果たして私は、国外追放だけで許されるだろうか?
母が、それを許すだろうか?
否。
母こそが汚職事件の真犯人だと知っている私を国外に逃がすわけがない。
口封じのために殺しに来るだろう。
刺客を放って。
「いきなり刺客が襲ってくるとは思いません。殺すだけなら屋敷でも出来たでしょうが、そうはしなかったわけですし……きっと母上も、場所やタイミングを計っています」
私はそう推定した。
もし母が、私を殺したいだけなら、屋敷にいたときに抹殺している。
ブランジェ家の屋敷は母の支配下にあるし、その気になれば、私を暗殺するのは容易だっただろう。
しかし、屋敷で事に及ぶのはリスクが大きい。
私が突然死んだり行方不明になったりしたら、間違いなく母上に疑いの目が向けられるだろうから。
ゆえに、母上は、私を屋敷の外で暗殺しようと考えたはずだ。
私は続けて述べた。
「おそらく待ち伏せされているでしょうね」
刺客が待ち伏せするとしたら、それはどこか?
おおむね予想はついている。
私は、国外追放となった身。半月以内に国を出なければならない。
しかもカラミア公国にいくことが国から命じられている。
そうなると、移動ルートが限定されるのだ。
そして、その限られた移動経路の中で、必ず通らなければならない場所がある。
【アネットの森】である。
もし刺客が待ち伏せを行うとしたら、間違いなくアネットの森を選ぶだろう。
――――私は、以上の説明をアリスティに行った。
アリスティは言った。
「私も、待ち伏せはアネットの森で行われると思います。それから刺客はきっと――――」
「兄上、ですね」
刺客として出てくるのは、おそらく私の兄フレッドである。
この手の仕事はフレッドの得意分野であるし、何より彼は、私のことが嫌いである。
必ず殺しに来ると、容易に想像できた。
「フレッド様が相手となると、苦戦は必至ですね」
アリスティが険しい顔でそう述べた。
フレッドは私とは真逆だ。
その才能を認められて、ブランジェ家の次期当主に選ばれた人物。
私から見ても、彼は怪物である。
まともに戦ったら厳しい相手なのは事実だ。
アリスティが尋ねてきた。
「戦わなくても済む方法はないでしょうか? たとえば、このキャンピングカーの移動速度なら、アネットの森を迂回しても、半月以内の国外退去に間に合うのではないですか?」
私もそれは考えた。
確かに期日以内の退去だけなら可能だろう。
だが……
「アネットの森を迂回するとなると、北のネイス領や、南のホーク領に立ち入ることになります。犯罪者である私が、他の領地に"寄り道"することは認められないでしょう」
大罪人が、目的地に向かわず別の方向に向かって移動する――――
不審な行動だと思われるだろう。
最悪、処刑されても文句は言えない行為だ。
現在の私が他領に踏み入っても許されるのは、移動経路にある東の辺境伯領だけである。
「残念ながら、フレッドとは戦うしかないと思います。だからこそ、兵器の開発を行っているんですよ」
私は、フレッドを殺すつもりだ。
もし彼が私と敵対しないならば、無視するつもりだけど……そんな未来はきっとないだろう。
必ず戦うことになる。
だから、殺す。
殺すことに、ためらいはない。
ブランジェ家の英才教育の過程で、私はすでに人を殺している。
軍人の家系ゆえに、人殺しの訓練も行ってきたのだ。
まあ殺した相手は盗賊とか犯罪者であって、善良な一般市民を手にかけたことはないけどね。
しかし、殺しの経験があるということは、覚悟が決まっているということだ。
この異世界は、殺さなければ殺される残酷な世界。
それをエリーヌ・ブランジェはよくわきまえている。
だから、私は、人を殺すことができる。
たとえ血を分けた兄であっても、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます