第1章16話:(アリスティ視点)アリスティの意志


<アリスティ視点>


「では、おやすみなさい。アリスティ」


「はい。おやすみなさい、お嬢様」


エリーヌが最後部の部屋に入っていくのを見届ける。


アリスティも寝台に入った。


備え付けのベッドではあった。


しかし恐ろしく柔らかい。


最高品質のシーツであることは理解できた。


電気を消して、横たわる。


暗闇の中で、アリスティは考える。


(キャンピングカー……とてつもない技術ですね)


アリスティはまだ、1日乗っただけではある。


だが、その1日だけでどれだけ驚かされたかわからない。


もはや驚き疲れてしまったほどだ。


(もっともお嬢様自身は、乗り心地が悪いと言っておられましたが)


なんでも、揺れが激しいとか。


こんなに揺れるとお菓子や料理が食べられない、お茶もこぼれてしまうだとか。


……確かに、その通りかもしれない。


しかし、そこを加味しても驚異的な乗り物であることは間違いないだろう。


馬車などは、キャンピングカーの足元にもおよばない。


そもそもキッチンがあり。


トイレがあり。


浴室もあるのだ。


……有り得ない技術である。


もはや馬車というより、小型の家といったほうがいいかもしれない。


移動式の家屋。


しかもそれは、馬車より何倍も速いのだ。


もし他の貴族がキャンピングカーの存在を知れば、言い値で購入したいと申し出てくるだろう。


(お嬢様が、これほどの技術力を有していたとは……)


アリスティの記憶にあるエリーヌは、残念ながら、才能豊かな女性ではなかった。


努力家ではあった。


しかし、平凡と評されても仕方ない部分があった。


でも―――アリスティがブランジェ家を追放されて2年。


そのあいだに、エリーヌは才能を開花させたのかもしれない。


たった2年でここまで成長するとは信じがたい話だ。


しかし、実際に目の当たりにしたのだから信じるしかない。


目の前で起こった現象を否定するほど、アリスティは愚かではない。


(もっと早く、その力をお示しになっていれば、きっと国外追放になどならなかったのに)


どうしてもそう思わずにはいられない。


エリーヌ・ブランジェは、紛うことなき天才だ。


その実力を皆が知っていれば。


いや、ディリス様は知らなかったのだろうか?


あるいは、お嬢様が真の実力を隠していた?


……わからない。


ただ、一つだけ言えることは、もう国外追放は覆らないということだ。


今更ごねたとしても無意味だし、最悪、このキャンピングカーを体よく没収されるかもしれない。


そんなことは決してあってはならない話だ。


(ただ、お嬢様はきっと、どこでだってやっていける)


それだけは希望だった。


これだけの技術力があれば、追放された先でも、安定した暮らしを獲得できるだろう。


ならばアリスティにできることは、お側で支え続けることだけだ。


アリスティは164歳。


その人生のうち、50年以上を軍人として生きてきた。


戦争経験は19回。


一流と称される戦闘能力の全ては、エリーヌのために振るうと決めていた。


(今日は疲れました。そろそろ休みましょう)


アリスティは目を閉じる。


すぐに睡魔がおとずれ、眠りの園へといざなわれた。

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