第1章2話:資金を確保


春。


4月中旬。


晴れ。


私は屋敷を出て、並木道をしばらく歩く。


するとブランジェ領の領都にたどり着く。


領都は、ブランジェ領の中心地だ。


人口は20000人程度。


赤い屋根の家が立ち並んでいる。


街路には露店が立ち、広場には市が開かれている。


この都市の住民は私ことエリーヌを知っている者が多い。


かつては陽気に声をかけてくれたりもした。


しかし、今日はそうではない。


「おい……エリーヌ様だぜ」


「国外追放になったって」


「汚職事件の首謀者だったんだろ? 人は見かけによらないってこのことだよな」


ひそひそ。


ひそひそ、と、遠巻きに噂話をささやかれる。


というか、もう国外追放のことが広まっているの?


……いや。


そうだった。


私はここ10日ぐらい、牢屋に閉じ込められていたんだった。


牢屋から出られたのは、つい昨日のこと。


その10日間のあいだに、国外追放と、その原因になった汚職事件のことが広まったらしい。


私は思った。


(汚職事件の首謀者、か)


何の汚職かといえば、軍事関係の汚職である。


エリーヌは、ブランジェ家の方針で、15歳のときには軍に正式入隊し……


2~3年で、そこそこのポストにまで昇進していた。


今回、その地位を利用して、良からぬ者たちから、約1年に渡って不正な資金を受け取ったり、横流しをしていたというのが、エリーヌにかけられた疑いである。


(汚職なんて……)


もちろん私はそんなことはしていない。


汚職をしたのは母だ。


しかし、母はその罪をエリーヌへとなすりつけた。


エリーヌこそが汚職の主犯だとでっちあげたわけである。


よって母は無罪放免。


一方、エリーヌは大罪人として国外追放の通告を受けたわけだ。


(うーん、改めて考えると、腹立たしいね)


私は、母を愛していた。


母からはとっくに愛想をつかされていたのに、私はそれを信じられなかった。


しかし、古木佐織としての記憶がよみがえった今、ようやく自分の現状というものを、客観的に分析できた。


私は相当、理不尽な目に遭っていると……。


確かに私は、ブランジェ家にとって、好ましい適性ではなかったかもしれない。


でも、これはおかしいだろう。


母の頭の中にあるのは保身だ。


自身が償うべき罪を、私に押し付けただけだ。


その事実を認識したとたん、母に対する愛情が冷えていき、怒りが心を塗りつぶしていく。


しかし……激情に飲まれる前に、私は大きくため息をついた。


(まあろくでもない母親だったということで、諦めるしかないね)


そう割り切ることにした。


悩んでもどうしようもない。


そんなことより、錬金魔法のアイディアでも考えたほうがよほど有意義だろう。


私は気を取り直す。


街路を進んだ。


宝石商の店を訪れる。


目的は、宝石やアクセサリーの換金である。


店主は、国外追放を命じられた私のことを、冷ややかな目で見つつも、換金には応じてくれた。


これで手持ちの金貨は1000枚となった。


日本円にすると、金貨1枚は10000円。


つまり金貨1000枚とは、1000万円と同義である。


(よし、最低限の資金は手に入った)


宝石商の店をあとにする。


このあと、私は素材屋を訪れた。


ブランジェ家の屋敷で回収した素材だけでは、全然足りない。


だから素材屋で目ぼしい素材を片っ端から購入していくことにしたのだ。


あらかた買い終えると、また別の素材屋へ。


そうして複数の素材屋をはしごする。


結果、欲しい素材は全てゲットできた。


あとは露店を巡って、いくらか食料を買い集める。


以上の買い物で金貨980枚も使ってしまい、残金は金貨20枚だけになってしまったが……


必要な経費だったから仕方ない。


(とりあえず、これで出発の準備は完了だね……!)


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