第23話 月の眠る夜に(2)

 夜空にいくつもの、光の玉が打ち上がる。それはゆっくりと地上と降る。敵が曳光弾を打ち上げたのだ。集積所に侵入した私たちは、敵から丸見えになった。


「想定内だ。各自、作戦通りに動け」


 軍曹が命じる。彼の言う通り、この状況はブリーフィングで想定されている。焦ることはない。


 積み上がるコンテナを盾にしつつ、今度は倉庫へと近づく。搬入口はの扉は閉じられている。確実にやるならの方が良い。


 鉄製の大きな扉に、正面から蹴りを一発入れる。扉が歪み、隙間ができた。そこに両手を差し込む。


 ――ギギ、ギギギ


 黒板を引っ掻くような不快な音がこだまする。オーベロンの腕力にまかせて、搬入口を左右にこじ開けた。倉庫には案の定、大量の物資が詰め込まれている。そこに2個目の爆薬を放り込む。


「SP−4、2個目のセット完了です」

「SP−1、了解。仕上げに掛かれ」


 最後の1個を仕掛けるのは、街道沿いの駅。鉄道が敷かれつつある街道ごと爆破する。位置は跨いできた街道の側だから、少し南へ戻らないといけない。


 ――ヒュン、ヒュン! ドォン!


 さっきよりも砲声が近づいている。敵が集まりつつあるのだ。駅近くでは軍曹とニック上等が、敵を引き付けていた。彼らの足元では、幾度も地面が爆ぜている。


 倉庫から離れ、そのまま足を止めずに集積所を離れる。そして、二人の背後に回り、駅舎に爆薬をセットする。


「SP−4、爆薬のセット完了です!」

「よくやった。SP−4は手筈通りに、街道の北側へと後退しろ。SP−3は俺と後退の援護だ」

「「了解」」


 敵を正面に捉えつつ、駅舎から離れる。曳光弾の光の範囲から出ると、いっとき、砲撃が止む。だが、またしても光の玉が打ち上がると、再び激しい砲撃にさらされた。


 爆発まで残り2分。ここはまだ安全圏ではない。


「残り1分を切ったら、退路に走れ。SP−2も同時に撤退を始めろ」

 

 了解――と、伍長が返答する。声音は最後まで冷静なままだ。いよいよ作戦が終わりに近づいている。砲火にさらされながらも、軽い達成感を感じていた。あとは爆発を見届けるだけ。


 ――ガァン!!


 近くで金属が爆ぜる音がした。その正体はすぐに分かった。伍長のマギアが大きく仰け反ると、そのまま仰向けあおむけに倒れる。――軍曹が被弾した。


「軍曹、無事ですか!?」


 声を投げかけるも返事がない。私は倒れたマギアのもとに駆け寄る。見ると右腕部が吹き飛んで、なくなっていた。


「軍曹! 返事をしてください!」

「SP−4、よく聞け!」


 その時、隣りにいるニック上等兵の声が響く。


「隊長を起こしてる暇はない。爆発する前に、お前がマギアを引きずって離脱しろ、俺は敵を引き付ける! ――SP−2、援護をお願いします!」

「任せて」

 

 ニック上等が盾となり、私はマギアの胴体を少し持ち上げて、背後から腕を回して持ち上げる。……オーベロンの力ならいけるか?


 コックピットを圧迫しないよう、慎重に持ち上げる。そのままマギアの踵を引きずりながら、後退りしていく。


「SP−4、軍曹を移動させます!」


 爆発まで残り20秒。少しでも離れないと。マギアを引きずるよりも速く、敵が迫ってきている。追いつかれれば蜂の巣になる。たった20秒が永遠にも思えた。


 ――だが、やがて時は来る。


 轟音とともに大気が揺れ、天高くまでに炎がほとばしった。太陽があらわれたと錯覚するほどに眩い光だ。呆然と見つめる私達のもとに、衝撃波が届く。マギアに守られていなければ、吹き飛ばされていただろう。


 奇襲作戦は成功した。集積所の周囲は吹き飛び、更地同然となっている。遅れて小規模な爆発が続く。コンテナの中に弾薬やら、火のつきやすい物が詰まっていたんだろう。ポップコーンのように、軽快に弾けては、辺りに火を撒き散らしていた。


「SP−4、ボサッとしてんな。引き上げるぞ」


 ニック上等の声で我に返る。そうだ、軍曹を安全なところへ連れて行かないと。


『――そこのテロリスト共、よく聞け!!』


 突然、耳障りな罵声が飛んでくる。通信ではなく、外からの声だ。久しぶりに耳にする、ティタニアの言葉は違和感なく聞き取れる。


『お前たちの協力者は預かっている。助けたければ、武器を捨てて投降しろ!』


 ……仲間? 誰のことだ?


「なんだ? なんて言ってる?」

「仲間を助けたければ投降しろと言ってます」

「はあ? そんなんハッタリだろ、ずらかるぞ」


 ニック上等はかまわず、撤退を促す。


「待って。SP−4、そこから敵は見える?」


 そこに伍長からの通信が入る。


「はい、敵は東側、街道の先にいます」

「オーベロンの目で、そいつの手を見て。何か持ってる」


 何か? 言われた通りにカメラアイの倍率を上げていく。確かに、なにか小さなものを持っている。その形が鮮明になると、冷や汗が吹き出た。


「SP−2、敵が握っているのは……


 オーベロンの目は、ご丁寧に"生体反応"まで表示している。マギアの手の中でもがくアリの姿は痛々しい。彼は逃げる手筈だったのに、どうして?

 

『投降しなければ、この男の命はない!』

 

 アリの命は、私達の選択に委ねられた。

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