第22話 月の眠る夜に(1)

 現在時刻、午前0時。夜空に星座が踊り、月は眠りについた。ティタニア軍は集積所に留まり、その多くは寝静まっている。舞台は整った。


「――SPエスピー−1、配置についた」


 ――サンドマン軍曹から通信が入る。


SPエスピー−2、いつでもいけます」

SPエスピー−3、同じく」


 SP−2はジーナ伍長。SP−3はニック上等兵。ここからは身元バレを避けるために、互いをコードネームで呼び合う。私はSP−4のコードを与えられた。


 ちなみにというのは"スプリガン"の頭2文字から来ている。


「SP−4、配置完了です」

「よし、あとはアリの合図を待つ」


 森の中から敵の動きを伺う。この作戦において最大の障害は、言うまでもなく敵のマギアだ。数は見積もって、こちらの3〜4倍。集積所の周囲に足跡をつけて回っている。勝機はこれを、いかに迅速に排除するかにかかっている。


 そのためには敵の光――視界が邪魔だ。集積所の周囲に立つ物見ものみからは、幾つものサーチライトの光が伸びている。警戒心が薄いとはいえ光を浴びれば、すぐに砲弾が降り注ぐだろう。イタズラの前に、ロウソクを吹き消す必要がある。


「………」


 ――どうした? まだアリの合図がない。予定時刻は0時のはず。


「………」


 心臓がうるさくなって、手汗が滲み始めた。まさか、ここに来てしくじった? 


「SP−2、俺が合図したらアリを待たずにやれ」

「了解」


 ロウソクはまだ消えてない。これだと、すぐに見付かってしまう。……乱戦の覚悟をしておいたほうがいいかもしれない。


「……SP−2」


 軍曹が決断しようとしたその時、サーチライトが消えた。アリが役割を果たしたのだ。残る光りは敵マギアが放つもののみとなった。


「今だSP−2、やれ!」


 砲声が静寂を切り裂く――と同時に、光源である敵マギアへと、亜音速の徹甲弾が飛翔。装甲を射抜き、コア部分を破壊した。ほのかに青い光が弾ける。エーテルの光だ。


「スプリガン隊、戦闘開始! SP−4に続け!!」


 号令とともに潜んでいた森から飛び出し、陣形を組む。私を先頭に、両脇から軍曹とニック上等が続く。第一目標は集積所の爆破、第二目標は街道の破壊だ。


 月明かりのない世界では、マギアの目も視界が十数メートル程に制限される。一寸先の闇には敵がいるかもしれない。しかし、オーベロンの目は闇の先を見通していた。


 "暗視機能"はカメラアイ内で僅かな光を増幅させ、視界を確保することが可能だという。先日、隠れていたアリを見つけたのは"熱探知"という別の機能だともオーベロンは話した。


 本来は高所に陣取る伍長が、部隊を目標に誘導する作戦だった――が、オーベロンの目があることで、単独で目標まで走っていける。私には集積所に積み上がるコンテナが、日中のようにハッキリと見えていた。


 東西に走るリュウツ街道をめがけて、北方面へと疾走する。マギアの羽織る外套コートが、風にはためく音がする。後ろの2人はついてきているだろうか?


「SP−4、速度を落とすな! 後ろは守る!」


 無線越しに軍曹の檄が飛ぶ。振り返る際、思わず足を遅めてしまっていた。進路へと向き直り、失った速度を取り戻すべくフットペダルを踏み込む。加速の瞬間、シートへと身体が沈む。


「ぐっ――!」


 肺から空気が押し出される。加速力も模倣品レプリカとはまるで違う。すぐに速度を取り戻し、さらに加速していく。時速にすると、すでに100km近くは出ているかもしれない。


 射程の外にいた敵が、すでに目と鼻の先だ。


「正面に敵が2機、撃ちますか?」

「――いや、跳び越えろ!」

「跳び越えっ!?」


 敵の目がこちらを向いた。迷っていい間合いじゃない。フットペダルを一気に踏んだ。視界から敵の姿が消えたかと思えば、宙に放り出される感覚が身を包む。……跳びすぎでしょ、これ。


 着地の衝撃は身構えたわりにあっけなく、3秒間の空中散歩を体験した。……もう、いちいち驚いていられない。


 ――ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 後方から砲声がこだまする。


「SP−3、敵を撃破。移動再開します」

「SP−1、了解。SP−4、先に仕掛けを進めておけ。すぐに追いつく」

「了解」


「SP−4、集積所には敵が3機いる。2機は引き受けるから、残りをお願いね」


 伍長から指示が入る。


 街道を横切り、その先の集積所へ踏み込む。敵もアタリをつけていたのだろう、集積所にはマギアが待ち構えている。1機はすぐ近い。やるならアイツだ。


 速度はそのままに、再びフットペダルを勢いよく踏む。巨体が放物線を描く。空中で敵に足を突き出し、飛び蹴りをかました。雷のような音がして、マギアの巨体が軽々と吹っ飛ぶ。


 敵は集積所内を転がったあと、動かなくなった。多分、中身が気絶したな。奥の方では2機のマギアが倒れている。伍長が狙撃したのか。


「SP−4、大丈夫? 凄い音がしたけど……」

「無事です。1機、排除しました」

「了解。こちらもちょうど片付いたから、仕掛けに入って」

「了解です」


 背部のマウントから爆薬を取り出す。仕掛けは時限式の単純なもので、スイッチを入れれば5分後に爆発するようになっている。コンテナに取り付けて、そのスイッチを入れた。


 私の足元では、夜中に叩き起こされたティタニア兵が逃げ惑っている。自分たちが一方的に攻撃されるなんて、思っても見なかっただろう。……いい気味だ。


「SP−4、仕掛けは順調か?」


 軍曹とニック上等が追いついた。


「はい、あと2つ仕掛けて完了です」

「援護するから、さっさと片付けちまえ」

「SP−2。お前も気を抜くなよ」

「もちろんです」


 ニック上等が口を挟む。口調は軽いが、しっかり背中をカバーしてくれている。敵が来る前に、早く仕掛けを済ませてしまおう。


 次の爆薬を取り出そうとした――その時。突然、視界が真っ白になった。何が起きたかわからず、その場で防御態勢をとる。原因は軍曹からの通信ですぐに分かった。


「曳光弾が上がった、ここに敵が来るぞ!」


 隠れ蓑が剥ぎ取られた。ここからは、互いの目に敵が映る。"暗視機能"から通常の視界に切り替える。


 ――ヒュン! ヒュン、ガァン!


 早速、砲弾が飛んできた。コンテナの陰に隠れて、やり過ごす。しかし、じっとはしていられない。囲まれたら軍曹たちも保たないだろう。


 私は役割をこなすために、陰から飛び出した。仕掛ける爆弾はあと2つ。爆発までは残り5分。急ごう。

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