第21話 敵の顔
――フェアリエ出立より4日後――
スプリガン隊は目的地に着々と近づいている。少なくとも地図上では。どこを向いても森ばかりの行軍は、想像以上に忍耐を試された。
口を利く気力も無くなるし、次第に考えることもしなくなる。先導は軍曹と上等の二人に任せて、私はひたすら前についていく。疲労を堪えながら、1秒でも早く着くことを願って、足を動かし続けた。
時折、木々の間から森の外が見えることがあった。人気のない村と、雑草が伸びきった畑。ティタニアの進軍を噂で聞きつけたのかもしれない。村人は家を捨てて、おそらくはフェアリエ方面に向かったのだろう。そんな人たちが、これからも増える。
しばらくして、木々に白い矢印が現れるようになった。矢印はペンキで塗られている。
「合流地点が近づいた。もう少しだ」
軍曹が全体に伝える。部隊はそのまま矢印の方向へと進む。その先にまた矢印があり、それに従っていく。
「ここだ」
いくつも矢印の方へと進んでいくと、今度は円形のマークが描かれた木にあたった。軍曹が動きを止めて、カメラアイで辺りを見回す。どうやら合流地点についたようだ。しかし、人影は見えない。
〈生体反応を検知。こちらを観察している人間が、奥に1人〉
オーベロンの目が潜んでいる者を見つける。その人間が茂みの奥から現れた。迷彩服の上から、さらにカモフラージュを着込んだ男。歳は30ぐらいに見える。眼光が鋭い。
「……スプリガンか?」
軍曹がハッチを開けて、コックピットから半身を出す。
「そうだ。君が案内人か?」
「ああ。案内役のアリだ、よろしく」
マギアを跪かせ、掌に乗ってコックピットを降りる軍曹。他の隊員も続くので、私もハッチを開き、オーベロンの掌に乗って降りた。
「私はサンドマン。階級は軍曹、よろしく」
私達はそれぞれ、アリと握手を交わした。
「君の白いマギアは新型かい?」
1機だけ他とシルエットが違うので、アリは気になったらしい。
「そういうことだ」
私が話すより先に、軍曹が答える。
「若いのに期待されているんだな」
「ええ、まあ……」
正確には私にしか操縦できなくて仕方なく、だけれど。裏で化け物呼ばわりされているし。
「早速、案内する。連中が集まってきてるぞ」
「想定より早いな。新月まで待てるか?」
「どうだろう。判断はそっちに任せるよ」
そう言って、アリは近場の茂みに戻ると、4輪の小型バギーを押して戻ってきた。あれならオフロードでも走破できる。
「日暮れ前には拠点に着きたい。急ぐが、ついてきてくれよ!」
バギーにまたがると、アリは早くも先導を始める。私たちはマギアに乗り込み後を追った。アリは器用に、木々の間を縫って走る。慣れている動きだ。
操縦訓練の時に、しこたま走らされただけあって障害の多い森でもついていけている。ハゲ頭がチャームポイントのメンデル教官に感謝だ。
日が沈む方が先か、それより先に拠点につくか。太陽との競争は、訓練のおさらいのようだった。オーベロンの足は軽快だ。
・・・・・・・・・・・・・
「あれが集積所か」
スプリガン隊は、無事に拠点へと到着した。奇襲は明日に迫り、今は伍長と2人で森の中から、集積所の動きを監視している。
作戦は今のところスムーズに進んでいる。森で迷わなかったし、案内役のアリと合流もできた。作戦が順調なのはいいことだ。
ただ、いいことが続くと不安になってくる。回収作戦がそうであったように、何かあるのではないかと疑心暗鬼になりそうだ。
「スナイパーの気配はないようね。ここに敵が来るとは考えてなさそう」
伍長がつぶやく。引き続き、双眼鏡からリュウツ街道の様子を眺める。
街道沿いには開けた場所があり、荷物を納める倉庫が並んでいる。連中がせっせと運んできた物資は倉庫に入りきらないからか、幾つものコンテナが野ざらしになっている。
物資を降ろし終えたトラックが、街道を引き返していく。ああして何往復もして運んでいるんだろう。街道が通れる限り、奴らは万全の態勢で進軍できる。
集積所の周辺には、倉庫以外にも、住居や酒場、荷馬車時代の駅のような建物が見える。賑わっていたであろう駅は、軍服を着た連中がたむろしていた。黒地に赤の装飾は目に焼き付いている。あれはティタニアの軍服だ。
「煙草をふかして談笑とは、警戒心がまるでない。我が物顔とはああいうことか」
「ファラクルに勝ったって言うんで、天狗になってるんでしょう」
駅の近くに枕木を並べている兵士もいる。……いや、あの人たちは軍服を着ていない。対して、作業を見ている兵士は軍服を着ている。
「敷設を始めてる。鉄道を走らせるつもりね」
「伍長、あの人たち、軍服を着ていません」
「地元の民間人ね、人足として駆り出されてるんでしょう。……アリの知り合いかも」
逃げなければ皆、ああなる。案内役のアリは、集積所付近の村に住んでいたそうだ。早くに家族とともにフェアリエへ避難したものの、村を捨てて来たことに負い目を感じていた。
その後、フェアリエ軍に入隊した彼は"ネスト"から勧誘を受ける。彼の任務は先行して、リュウツ街道から進軍してくるであろうティタニア軍の監視と、奇襲の仕込みだった。
「奇襲する時、彼らは避難するんですよね?」
「アリが彼らに接触して、手筈を整えてるから、そのはずよ」
ティタニアでもない民間人を踏み潰しでもしたら、ただの人殺しだ。彼らには安全なところにいてもらわないと困る。
それから、作戦の一番の障害の数を数える。
「……8、9……10。見えるだけでも10機はいますね」
"ヨトゥン"という名で知られた、ティタニア製のマギアが集積所を中心に展開している。手には口径100mm以上の突撃砲を携えており、近づく者はアレに撃ち抜かれる。頭部についた、大きな単眼のカメラアイがギョロギョロと辺りを見回している。
「数は多いけど、補給線を破壊できれば相手にする必要はないわ。足はこちらのほうが速いから、目標を達成したらすぐに撤退しなさいね」
「了解です」
まだオーベロンの性能がわかっていないから、無茶はできない。いずれはあの軍服を着た奴らに地獄を見せてやるが、今はその時じゃない。
「私は一旦、拠点に戻るわ。後を頼むわね」
「はい」
伍長は茂みの奥へと引っ込んで、拠点へ戻っていった。
私はティタニア兵の顔をじっくりと観察した。退屈を持て余しているかと思えば、時折、間抜けな笑顔を見せたりする。そこいらにいる普通の人間だ。だからこそ、なぜ平気で他人を脅かせるのか理解ができなかった。
……あるいは、普通だからなのかもしれない。
日が落ちる直前まで、その表情や仕草を見続けた。やがて伍長が私を呼びに来て、拠点に全員が集まる。スプリガン隊のメンバーと、アリで最後のブリーフィングを行った。
日が沈み、リュウツ街道は夜に包まれる。天高く星座がきらめく中に、月の姿はなかった。
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