第20話 愉快な旅路
"スプリガン"というのは、いたずら好きの妖精らしい。ジーナ伍長が教えてくれた。自分の教養のなさに辟易する。
彼らは靴を隠したかと思えば、無くしたものを届けて人を驚かせたりして、人間をからかう。良くも悪くも気ままなところが、妖精らしい。
ティタニアにイタズラを仕掛けようというので、あやかって隊名に採用されたそう。闇討ちがイタズラで済むかという点には目を瞑る。敵からすれば所属不明のマギアに襲われるのは、妖精に惑わされるようなものかもしれない。
我々、スプリガン隊は早々にフェアリエを離れ、近隣一帯に広がる森へと潜伏している。背の高い木々は都合よく、マギアを隠してくれる。日が昇っていても、森の中は薄暗く気味が悪い。
方向感覚も時間感覚も、手つかずの森の中では機能しなくなっていく。地図と方位磁石、時計がなければ、二度と森から出られないかもしれない。いくら進めども、同じ景色が後ろへ流れては、またやってくる。
日が暮れれば、足を止めて休んだ。通常の出力とはいえ、エーテルの影響は確実に蓄積する。幻聴や幻覚症状が現れてからでは遅いので、回復の時間をとるようにする。
火を起こすことはできないが、マギアのコックピットにいれば雨風は防げるし、虫も入ってこない。シートの裏にある収納スペースには、レーションや救急セットなどの物資が入っている。もちろん、
スキットルに入れて、こっそり持ってきておいた。飲酒運転は犯罪だが、どうせこの作戦も処刑レベルの犯罪行為だ。大は小を兼ねるというし、バレなければ犯罪じゃないとも、誰かが言っていた。
さて、今晩のレーションはチョコレート味だ。期待を込めて、一口齧る。土の味はありませんように。
「うーん……微妙」
ほんのり甘さを感じるが、いかんせん食感が良くない。もそもそしていて、水分が持っていかれる。口の中で粘土のようにへばりつく。それを貴重な真水で流し込んだ。
「この食感、どうにかならないかな。……まあ、食べられるだけましか」
飲まず食わずで、森の中を妹と逃げ回った頃を思い出す。朝露を布に吸わせて、乾きをしのぎ、食べれるか分からない木の実で空腹をなだめた。獣のテリトリーで襲われなかったのは、運が良かったとしかいえない。
〈秘匿回線に通信あり。ニック上等からサンドマン軍曹への通信の模様。傍受を提案〉
オーベロンはさらっと、盗み聞きを提案してくる。そんなことは朝飯前と言わんばかりだ。伝えられていた回線とは周波数が違う。
「それってバレない?」
〈こちらから申告しなければ、問題ない〉
「じゃあ、やってみて」
〈了解〉
「――オーベロンだか知らないが、大丈夫なんですかね? この前みたいに暴れ出したら、手に負えないですよ……」
蜥蜴男の声だ。傍受できている。
「ジーナに見張らせている。もしもの時は、対処する手筈だ」
「あの爆発でもピンピンしてる化け物ですよ? 俺達の方が殺されちまう」
「そうならないよう信じるしかない。ウィオラとオーベロンは、もう俺達の仲間なんだ」
この前……爆発……。回収作戦の報告書にあった状況だ。状況を見たような口ぶりからすると、軍曹たちが回収部隊だったようだ。駆けつけた軍曹らは、敵に襲いかかるオーベロンを見た。その感想が化け物か。
「軍曹がそう言うなら信じましょう。ただし、化けの皮が剥がれたときは容赦せんでくださいよ」
「わかっている。明日に備えて寝ろ」
「了解です」
……通信が終わった。私達はかなり疑われているようだ。彼らの疑念を責めようとは思わない。
作戦前に報告書ヘ目を通して、私自身、初めてオーベロンの戦闘を知った。暴力で圧倒する様は、まさに化け物だったのだろう。直でそれを見たのなら、警戒して当然か。
その時も、私はコックピットにいたはずだ。何を思って敵に襲いかかったのか。報告書を燃やしてからも、わからないでいる。
懐に忍ばせてておいたスキットルを取り出し、蓋を回す。それを傾けて、琥珀色の液体に口づけをした。キツめのアルコールが体に染みる。
化け物だろうが妖精だろうが、なんだっていいさ。やることは変わらない。奴らをできるだけ多く地獄に送ってやればいい。オーベロンと私に期待されているのはそういうことだ。
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