第19話 作戦開始

「"オーベロン"、起動!」


 〈パイロットによる指示を確認。起動シーケンスを実行する〉


 虚空に向かって高らかに指示すると、抑揚の乏しい音声がそれに応える。頭上でエーテルコアの唸りが、徐々に強まるのが聞こえる。


 起動と同時に、球形のコックピットに外部の映像が反映される。いきなり宙へ放り出されたようで、思わずシートに体を押し付ける。コアの唸りはやがて落ち着いた。


〈エーテルコア、通常出力で待機。コントロールをパイロットに委譲〉


 "オーベロン"という新たな名前は、王女様とのお茶会のあと、研究局を出る前にあらかじめ設定しておいた。命名はテストパイロットの権限で可能らしく、はすんなり受け入れた。


「オーベロン、外に向けて声を出せる?」


〈了解。音声を外部へ発信する〉


「聞こえますでしょうか? クローバー二等兵です、オーベロンの起動を完了しました」

「わかった、そのまま待機だ」

「了解」


 マイクが音を拾うので、小さくなった准将の声もよく聞こえた。作戦開始まで、10分を切っている。僅かな時間だが、一人黙って待つのはどうにも落ち着かない。


 ……私はなんとく、オーベロンに話しかけてみた。


「……ねえ、"オーベロン"なんて勝手に名付けたけれど、あなたに元の名前はあったの?」


〈ARIA-001という名称が与えられている。以前の権限者は"アリア"と呼んでいた〉


「アリア、女性の名前ね。以前の権限者というのは何者?」


〈私をデザインした人間だ〉


 ……設計者ということか。人のような名前があったとなれば、ますます話し相手が機械とは思えなくなる。機械が思考し、コミュニケーションをとるなんて想像もしなかった。


 ――それほどの性能を与えられた彼女は、何のために作られたのだろう?


 その疑問に関しては、真っ先にフェルト局長が尋ねていた。答えは、回答拒否だったわけだが。単に"闘うため"と答えないところを考えると、それ以外に目的があるのかもしれない。

 

「貴方を造った人は、どうして"アリア"なんて、可愛い名前をつけたと思う?」


〈彼、――"ストラウス博士"には娘がいた。"アリア"はその娘の名前と記憶している〉


 新しい人物名が語られる。"ストラウス博士"という人がオーベロンの設計者か。娘の名前をマギアにつけるとは……博士に複雑な事情があったことを予感させる。


「なんだか申し訳ないわ。素敵な名前を取り上げてしまうなんて」


〈問題ない。すでに博士は亡くなっている。私を"アリア"と呼ぶものは生存していない〉


「そういうことじゃないんだけど……まあ、貴方がいいなら、それでいいよ。しばらくはフェアリエのために、"オーベロン"という役割を演じていてね」


〈了解〉


 "オーベロン"短い言葉と共に、役割を受け入れた。


 彼女との会話は案外、弾んだように思う。現人類も、いつかはマギアと会話する日が来るのかもしれない。私はその体験を先取りした。


 格納庫の正面扉が、重い音を立てて開いていく。いよいよ出発の時間だ。


 准将から通信が入る。


「サンドマン軍曹を先頭に、ニック上等、ウィオラ二等、ジーナ伍長の順に単縦陣形を組め。――諸君の健闘を祈る」

「「「了解」」」


 マギアの固定が解除され、まずサンドマン軍曹が搭乗する"ノーム・スカウト"が正面口から出る。ニック上等がそれに続いた。経験がある二人の動きはスムーズだ。


 フットペダルへ徐々に力を込めていく。右と左、それぞれの操縦桿を握り、慎重に姿勢を制御する。ここでコケたら台無しだ。

 

 ――ズシ、ズシ、ズシ


 足元をみながらも正面口に立った。外から地平線から溢れた光が差し込む。夜明けがやってきた。それは、特別な意味のある光景に思えて、少し見惚れた。


「クローバー、時間が押してるぞ!」

「は、はい!」


 軍曹にせっつかれて格納庫を飛び出す。"オーベロン"の名に相応しくない出撃になってしまった。最後にジーナ伍長が出たことを確認して、縦1列の隊列を組む。


「陣形よし。、これより作戦を開始する。我に続け!」


 軍曹の号令とともに、スプリガン隊が地上を駆ける。マギアが羽織る外套コートが風になびく。


 ここから700キロメートルにも及ぶ行軍の先で、私達は敵とまみえる。その道は、かつて妹と共に敵から逃れた道のりでもあった。


 あれから10年の月日が流れ、こうして逃げた道をさかのぼるのは、運命の導きだろうか。私の内にある、奴らへの怒りが鈍っていないことに期待しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る