第18話 夜明け前

――フェアリエ王国、国境付近の駐屯地――


 日が昇る前の駐屯地内は、いくつかのサーチライトの光線が見えるのみで、その他の空間はとっぷりと夜に沈んでいる。人目を避けるにはもってこいだろう。


 あと1時間もすれば日が昇る。地平線から光がが覗けば、作戦決行の時だ。ここからは実戦が待っている。あれだけ闘うと決めていたのに、私の身体は震えていた。


「揃ったようだな。集合だ、近くによれ」


 カーマイン准将は平然とした態度で陣頭指揮をとっている。一見、軍の作戦のようだが、これは"ネスト"という私設組織の専行に過ぎない。バレれば軍法会議にかけられて牢獄行きだ。


 ここにいる面々はそれを承知の上で集まっている。覚悟があるのだろう、震えているのは私だけのようだ。


「おいおい、震えてるが大丈夫か?」


 厭味ったらしく、長身の男が声をかけてきた。頬骨が出ていて、蜥蜴とかげのような目元をしている。男の顔を見ていると、久々に拳に力が入る。


「やめろ、ニック。作戦前に騒ぎを起こす気か?」

「まさか。彼女が震えてるので心配しただけですよ、軍曹」


 蜥蜴とかげ男を諌めるのは、小柄だが岩のような肌の男だった。日に焼けた肌と、黒い髭がいかにも軍人らしい。


「彼はサンドマン軍曹。背の高い方はニック上等兵だ」


 二人が准将に敬礼する。私も遅れて敬礼した。


「ウィオラ・クローバー二等兵です。よろしくお願いします」

「よろしく、クローバー」


 軍曹と握手を交わす。ニックという蜥蜴男にその気はないようだ。


「……ジーナはどうした?」


 准将が辺りを見回して呟く。部隊のメンバーは4人のはず。もう一人いるはずだが、姿が見えない。


「ここにおります」

「なっ――、いるなら声をかけろ、ジーナ伍長」


 声の主は准将の背後にいた。


「すみません。以後、気をつけます」


 そう言って、姿を現したのは黒髪を短く切りそろえた女性だった。整った顔立ちをしているが表情に乏しく、人形のような印象を与える。


 自分以外に女性兵士がいると思わず、驚いた。彼女とは仲良くできるかもしれない。


「気をつけたって分かりませんよ。伍長は影が薄いですから」

「ニック、口をつつしめ」

「おっと」


 わざとらしい様子で蜥蜴男がく口に手を当てる。准将は気にせず話を続けた。


「作戦のおさらいだ。諸君はリュウツ街道の集積地へと向かい、5日後、新月の夜にティタニアの斥候を叩く。作戦の特性上、フェアリエを発ったあとはこちらとの連絡が取れない。よって、現場指揮をサンドマン軍曹に委ねる」

「了解です」

「格納庫にマギアを用意している。ついてこい」


 准将のあとに続いて、私達は格納庫へと向かった。


・・・・・・・・・・・・


 格納庫内は"ネスト"の施設程ではないが、奥行きのある空間が広がっている。そこでは、左右に分かれて4体のマギアが向かい合っていた。


「"ノーム"を今回の作戦用に換装しておいた。装甲を軽量化して、機動力を確保してある。武装は100mm突撃砲と、サブウェポンのハンドキャノン。近接用のナイフを用意した。破壊工作用の爆薬も積んであるから、注意してくれ」


 固定されたマギアを見上げる。通常配備されている"ノーム"とは違い、より深い緑のパターンになっている。森林に馴染みそうだ。つまり、身を潜めるのは森の中なのだろう。念入りに外套コートも羽織っている。


「こいつの名前は、さしずめ"ノーム・スカウト"ってところでしょうか」

「諸君の機体だ、好きに呼ぶといい」


 それから、自然に全員の視線が白銀のマギアへと向いた。他のマギアと同様に外套を羽織ってはいるがものの、神話的なシルエットが空気を読めていない。


「例の原型オリジンですね」

「名前は"オーベロン"と決まった。パイロットはウィオラ・クローバー二等兵が務める」


 いつの間にか決まっていた名前は、建国神話にある妖精王が振るっていた剣に由来している。いちいち"妖精王の剣"と呼ぶのは面倒ということで、王女様から賜った。


「驚きですね。姿形を保っていることもですが、まさか動くとは。……我々の手に負えるものでしょうか?」

「それを確かめるのも目的の一つだ。彼女をよく見てやってくれ、軍曹」

「ええ、もちろんです」


 軍曹が力強く応える。


「装備は他と同じものを用意している。背中にある剣は気にしなくていい。"剣"と言っても、敵を倒すのは銃ということだ」


 剣を振るうような古式ゆかしい戦場は、まさに御伽噺となった。"妖精王の剣"が銃を撃つ。子供には読み聞かせられない話だな。


「もうじき時間になる。総員、パイロットスーツに着替えて、コックピットで待機だ。ウィオラは"オーベロン"の起動を確認次第、報告しろ」

「了解」


「俺達はコックピットで着替える。ロッカールームは二人で使え」


 そう言って、サンドマン軍曹とニック上等兵は、リフトで上っていった。ここのロッカーは男女で分かれていないようだ。


「こっちよ、クローバー」


 ジーナ伍長に連れられて、ロッカールームへと入る。そこで私用のパイロットスーツを手渡された。それと髪紐も。


「ヘルメットを被るときに髪が邪魔になるから、これで結っておきなさい」


 ……そういえば、このところ髪を切っていなかった。訓練の時、教官に言われなかったし、私も気にせずヘルメットを被っていた。短くしておけばよかったか。


「ありがとうございます。……髪を切れとは言わないんですね」

「前に頭を丸めたことがあったのだけれど、身を切るような思いだった。女の髪を切るのは、シラミが湧いてからでも遅くないわ」


 もらった髪紐で紫の髪を後ろに結った。軍服を脱ぎ、パイロットスーツに着替える。スーツの緩衝材で身体が一回り大きくなった。


「行きましょうか」

「はい」


 私達はロッカールームを出た。作戦開始まで残り30分。窓の外を見ると、夜空が白みはじめていた。

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