第16話 独自の戦力(2)

 ”ネスト”。それがこの地下組織の名前だった。組織のトップはアデライン女王。カーマイン准将やフェルト局長は彼女のもとで行動している。


 ”ネスト”の活動は王国軍から切り離されており、その存在を秘匿している。つまりは、フェアリエの法に則らず組織された部隊、というのが適切だろう。当然、その活動も非合法となる。


 まさか王国の象徴たる王家の娘が法を犯して、地下でコソコソと計画を進めていると、誰が想像するだろう? 


 このことが明るみに出れば、王女様とてタダでは済まないはず。彼女の穏やかな表情は、周囲を欺く仮面なのかもしれない。


 「それでは准将、彼女に作戦の説明を」

 「はい」


 作戦の説明は、研究局の一室で行われた。照明を落とした部屋の中央で、プロジェクターが光を放つ。投影されたのは地図だ。これはフェアリエの西にある地域のものだったか。


 「現在、敵部隊はフェアリエの西方約700キロメートル地点にまで進軍している。進軍速度は日に20から30キロメートル程度だ」


 距離700キロメートル。それが死との距離と考えれば、遠いとは言えない。こうしている今も、その距離は縮んでいる。


「進軍経路は実質、ティタニアの支配下にあるため抵抗などは期待できない。手をこまねいていては万全な状態の敵とやり合うことになるだろう。我々の目標は敵の進軍を阻止、ないしは妨害することだ」


 カシャリと音がして画像が切り替わる。映し出されたのは、広い道を荷馬車が行き交う絵だった。どこの風景だろう?


「これはリュウツ街道という、ティタニアからフェアリエ方面へと伸びる街道の一つだ。もう一つはオーレリア大公国領内を通過するため、敵はリュウツ街道を通ることになる」


 すかさず手を挙げる。


「敵が街道を通ってくるとは限らないのでは?」

「敵部隊は物資輸送にトラックを用いている。街道以外はろくに整地されていない道か、森林が広がっている。襲撃の可能性が低いと見るならば、街道を通るだろう」


 フェアリエが打って出ないことを見越せば、わざわざ険しい道を選ぶこともないか。とことん優位に立っていると思わせておけばいい。それが付け入る隙になる。


「説明を続ける。今より5日後、予測では、敵部隊は街道の途中にある集積所へ到着する。夜間の行軍を避けているとの情報を鑑みて、奴らは集積所で夜を明かすはずだ。そこを奇襲する」


 奇襲作戦。その言葉に思わず身震いがする。これは恐怖か、喜びか。


「実行部隊はマギア4機と、そのパイロットで構成する。君もその一人だ、ウィオラ」

「はい……しかし、私は奇襲作戦の訓練を受けていません。よろしいのでしょうか?」

「部隊長と隊員2人には奇襲をこなすだけの経験がある。今回は彼らの指示をよく聞いて、戦い方を学べ。いいな」

「……了解です」


 釈然としない気持ちだが、仕方ない。それが今の私にできる最大限なのだ。ティタニアを倒すために出来うることをしろ、ウィオラ。


「作戦は明日の夜明けと同時に決行する。他の隊員とは、その時に顔合わせをする。具体的な手筈については部隊長から説明があるだろう。私からの説明は以上だ」


 暗い部屋に明かりが灯る。目がチカチカして准将の姿がぼやける。作戦は明日の夜明け——って、!? 


「明日とは急ですね。……前もって伝えてくれてもよかったのでは?」


 苛立ちを抑えて、やんわりと抗議する。


「情報漏洩を防ぐためだ。事情を知らない君に、それは出来ない」


 組織の側からすれば真っ当な言い分なのだろうが、私個人にも事情がある。実戦に出るというなら妹に会っておきたかった。そんなつもりはないが、帰ってこれない可能性もあるんだ。


 その時、隣りに座っていたアデライン王女が立ちあがる。


「ありがとうございました、准将。……ウィオラさん、立て続けに申し訳ないのですが、私からもお話をよろしいでしょうか?」


 王女様からの頼みであれば断れない。准将に言いたいことはあったが、今は飲み込んでおこう。


「はい、もちろんです」

「ありがとうございます。少し休憩を挟みながら、二人でお話ししましょう」


 それを聞いて、准将はなにも言わずに退出する。王女様は柔和な微笑みを浮かべている。その顔をされると、なんとなく落ち着かない。お話、とはなにについてだろうか?


「よろしくお願いします」

「ええ、美味しい紅茶をご馳走するわ」


 "ネスト"の主人のお誘いを受けて、二人きりのお茶会が開かれることとなった。……休憩になればいいけど。

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