第15話 独自の戦力(1)

 ——フェアリエ国境より西方、約500キロメートル地点。リュウツ街道の集積所——


 満天の星空の下に、煌々と炎がゆらめく。チリチリと弾けては、火の粉を天へと送っている。姿形を成していたモノたちは、黒く焼け、灰に還らんと、その身を焦がしている。


 火に横たわるモノにはどれも、炎と剣をあしらったエンブレムがある。それはティタニア帝国の軍であることを示していた。

 皮肉なものだ、自分たちが蒔いた火種に焼かれるなんて。お前たちに相応しい報いだろう。


 ――それにしても、この光景、あの夢とそっくりだ。病院で目覚めた時に見た、不思議な悪夢。荒れ果てた世界に佇んでいた、黒くくすんだマギアはいない。

 今、炎の中心に立っているのは、白銀のマギアと、その腹の中にいる私だった。


「……クロ……バ。返事を……ろ」


 無線から、掠れ声が聞こえる。


「聞こ……ているのか! クロ…バー!」


 隊長の声だ。返事をしようと思ったが、意思に反して口が動かない。倦怠感が思考を鈍らせている。


「作戦……終了だ、お前……退しろ!」


 マギアが走り去ってゆくのが見える。アレについて行かないと。歩き出そうとした時、別のマギアが目の前で立ち止まる。


「……勘は当たったな。お前も、そのマギアもマトモじゃねえ。……変な気を起こしたら、コックピットを撃ち抜く。覚えとけ」


 そう言って、ライフルの銃口が向けられる。


「先を歩け、オレが後ろだ」


 指示に従って歩き出す。まるで敵かのような扱いだ。私は間違ったのだろうか?

 

 ――ねえ、何を間違ったと思う?

 

 転がっているティタニアどもに聞いてみる。


 間違ってる、なんて言うわけないか。お前たちが正しいと思うやり方だもんね。それをやり返した私を、否定できやしない。


 私はティタニアの恐怖になる。平穏を踏みにじったツケを、奴らに清算させるべきだ。


 ・・・・・・・・・


 ――作戦時刻より5日前。旧文明研究局――


「これが回収作戦の報告書だ。誰にも見せるな。読んだら、すぐに燃やせ。いいな?」


 そうして書類を渡される。表紙にはわかりやすくと判が押されている。作戦名は”王剣回収作戦”とある。


 表紙をめくる。


〈作戦内容〉

 目標:原型オリジンマギアの回収 

 実施場所:シルフィード家領内

 ユーリア・イスマ率いる部隊が任務に当たる


〈作戦結果〉

 原型オリジンマギアの回収に成功

 死傷者数:4名 

 敵損害:2名 ※うち一名は消息不明


 最初のページには、簡潔な結果のみが記されている。……4名か、墓の数と同じだ。敵の数は2名。それが私達を襲ったティタニアの尖兵なのだろう。私もそこにいたはずだが、未だに他人事のように感じている。


 ――それにしても不思議だ。奴らはどうやって、あの場所まで侵入したのだろうか? そもそも、どうして作戦のことを知り得たのか?

 

 また新たな疑問が生まれる。

 次のページをめくる。


〈作戦経過〉

 ――探索部隊がシルフィード家領内の”聖櫃アーク”へ到着。内部への降下を開始する。


 聖櫃アーク底部にて対象の発見報告あり。回収部隊の要請を確認。


 回収部隊が所属不明マギアと接触。ティタニアとした上で交戦を開始。


 聖櫃アーク内よりマギアが出現。新たな不明マギアは敵機への攻撃を始める。


 敵機コアの臨界点突破、エーテル光を目視。直後、大規模の爆発が生じる。回収部隊の損害、軽微。


 敵機の消失を確認。不明マギアは爆心地にて健在。停止した対象を回収する。


 不明マギアに探索部隊の生存者が搭乗していた。生存者のエーテル被曝量は危険レベルにある。


 不明マギアの収容完了。生存者は軍病院に搬送される。作戦終了――

 


 思い出すことは、やはりない。空白は空白のまま、ぽっかりと口を開けている。


 報告書にある生存者というのは私で、敵の自爆によってエーテルを浴びたのか。よく五体満足でいられたな、私も”妖精王の剣”も。


 疑問に答えが放り込まれて、少し私の中の空白が埋まった。さらにページをめくろうとすると、無骨な手がそれを制した。


「……ウィオラ、すまないが読むのは後だ。がすでに来ている」

「彼女?」


 またお預けか。ため息をついて、報告書を閉じる。准将を見ると、彼は明後日の方を向いていた。その視線を追う。


 忙しなく動き回る作業員や、研究員は彼女に気がづくと、頭を垂れて敬意を示す。洞穴のような施設にあって、その人の姿は美しく、異質だった。若草色のドレスであるのも、尚更だろう。


 姿勢を崩さず、ゆったりとした足取りで、その人は私達の前に立った。丁寧に一礼をなされたので、つられて頭を下げる。それから、彼女が口を開く。


「初めまして、私はアデライン・ディ・シルフィードと申します」

「はい……存じております」


 金糸のような艷やかな髪をなびかせ、乳白色の肌はシルクを思わせる。繊細な印象とは裏腹に、こちらを見据える緑眼は穏やかでありながら、奥底に力強さを秘めている。


 こうして直接見るのは初めてだけど、フェアリエで彼女を知らぬ者はいない。なんせ彼女はこの国の王女様なのだ。

 美貌も知名度に一役買っているとは聞いていたけど、納得だ。人というよりも、妖精のような美しさを纏っている。


「あなたがウィオラ・クローバー?」

「はい」

「入隊試験に合格したと聞きました。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

は優秀な部下を持ちましたね。彼女も鼻が高いでしょう」

「……恐縮です」


 ユーリ。たしか、イスマ隊長がそう呼ばれていた気がする。あの人、王女様と知り合いだったのか? そんな話は聞かなかったが。


「お久しぶりですね、カーマイン准将」

「はい。ご無沙汰しております、陛下」


 准将は恭しく頭を垂れる。


「気が早いですね、まだ王ではありませんよ」

「じきにそうなられます。お父上の望み通りに」

「そうだとしても、今はただの王女です」

「……失礼しました、アデライン様」


 この二人の関係も、よくわからない。それと、いきなり気まずい雰囲気になるのは、やめてほしい。何か言うべきだろうか?


「……ああ、ごめんなさい。今日はあなたにお話があってここへ来ました」

「私に……ですか?」

「はい、あなたにの作戦について、聞いて頂きたいのです」


 王女様が直々に話すこととなれば、余程のことなんだろう。しかし、という言葉は妙だ。すでに王家は武力を放棄して、議会に軍を委ねたはず。彼女の立ち位置がわからない。


「ただし、作戦の内容を聞けば、後戻りはできません。断るのであれば今の内です」

「お待ち下さい、彼女がいなければ……」


 准将が慌てて口を挟む。


「意思のない者に任せることはかないません。ウィオラ、あなたの意思を尊重したいのです」


 准将とは対象的に、王女様は落ち着いた態度を崩さない。


「もし断れば、どうなるんです?」

「特別なことはありません。ただ日常へ戻るだけです。私達のことはお忘れください」


 日常か、それが長くは続かないことは承知の上だろう。ティタニアに飲み込まれるまでの、束ノ間の平穏を噛みしめる。なんて惨めで、哀れな最期だろう。そんな最期を、妹のニュエスに押し付けるつもりはない。


「私は……ティタニアの顔面つらに一発お見舞いできるなら、何だってやりますよ。……こんな意思でもいいですか?」


 王女様は面食らったのか、キョトンとしている。しまった、言葉遣いが悪かったか。私の意思というので、思ったことをそのまま口にしてしまった。

 

「……ふふっ、本当にユーリの言ってた通り。面白い人ですね」


 隊長、私のこと、どんなふうに話したんだ?


「わかりました。貴方の意思を認め、歓迎しましょう。ようこそ、我々の”ネスト”へ」

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