第13話 巨人の足音
『西方戦線、崩壊。ファラクル軍敗れる』
悪い知らせは、朝刊の一面で大々的に広まった。ティタニアの西方に隣接する古豪、ファラクル共和国。“西方戦線”と呼ばれる両者の戦争は、3年に渡る膠着を終えて、ついにファラクルの敗北という形で決着がついた。
「とうとうファラクルも落ちたか」
フェアリエ国境付近の駐屯地内で、煙草をくゆらせて男が独りごちる。衝撃的なはずの知らせは、男に何ら動揺をあたえるものではなかった。むしろ、当然のことに動揺する世間の方を、奇妙に思っている様子だ。
「准将」
「……ケイネスか。どうした?」
「ティタニアが動きました」
西方のファラクルが落ちれば次は東方、フェアリエを含む“連盟”に矛先が向く。奴らの野心は野火のように、ゆっくりと火の手を伸ばしている。奴らの理想は“平和”にあるというが、これほど真っ赤な嘘は聞いたことがない。
「我が国を含む“連盟”の前哨部隊が、ティタニアの進軍を確認しています」
「節操のない奴らだ。ファラクルが落ちたのはつい昨日だというのに」
せめてファラクルとの和平条約が締結されるまでは時間があると思っていた。戦争は金食い虫だからな、賠償金をせしめてからの進軍と考えるのが定石だろう。戦争に勝つ前に、国が破産しては元も子もない。そういう点でも、奴らは常識が通用しない相手だ。
「こちらの動きはいつもと変わりませんね。上層部に対応策はあるのでしょうか?」
「こちらから打って出る可能性は薄い。……上はまだ他国の助力を当てにしている様子だ」
「他国というと、ガーランド連合王国でしょうか?」
北の海の向こうには、大陸の争いを見物する国がある。女王を頂く島国、ガーランド連合王国。世界最大の海軍を有し、あらゆる海を制する海洋国家である。マギア登場以前、パワーゲームのプレイヤーは連合王国のみで、他国は盤上の駒といえる程の格差があった。
「他国は巻き込まれないよう大人しくしてるか、すでにティタニアと密約済みだろう。ケーキをどう切り分けるかすら、すでに決まっているかもしれん。連合王国以外、当てにできる先がないだろう」
「ですね。——となると、実際は助力を期待できない、というわけですか」
「そうなるな」
ため息とともに、紫煙が宙を漂う。それから、また口を開く。
「連合王国が動けばティタニアも無視はできない。……が、連合王国は大陸の争いに介入しない。自身の領地や植民地に手を出さない限りはな。ティタニアもそれを理解している。今回の、ファラクルがいい例だ」
「まあ、連合王国とファラクルは犬猿の仲でしたから。尚更、干渉する理由もなかったでしょう。結局、どう動いても連合王国が得をするようになっている。これが彼らの言う、紳士的なやり方、というわけですね」
「ああ」
感心するケイネスをよそに紫煙を吐き続ける。いつのまにか、灰の背が伸びきっていた。ぽとり、と地面に燃え殻が落ちる。それをじっと見つめる。
「准将?」
「……少尉、ティタニアの進軍速度はどの程度だ?」
「報告によれば20から30キロメートル程と、亀の歩みのようです。お得意の物量戦を仕掛けるために、しっかり補給線を確保して拠点を築きつつ、こちらに迫るつもりでしょう。攻めてこないとわかっているから、マイペースなものです」
「まるで断頭台への歩みだ、首が飛ぶのはこちら側だがな。——報告ご苦労、少尉。引き続き、対象の警護を続けてくれ。怪しい人物は近づけるな」
「了解しました」
ケイネスは敬礼をして、任務へと戻る。
……タイムリミットだ。今を逃せば、我々の計画が泡となる。
胸元のケースの煙草をしまい、車に乗り込む。エンジンが震え、ならされた地面の上で軽快に回るたびに国境が離れていく。内へ内へと進み、目指す先に、フェアリエの中心に聳える王城“アヴァロン”がある。
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