第12話 西方戦線
——大陸の西、ファラクル国領内。通称「西方戦線」にて——
分厚いコンクリートに覆われた拠点の上で、火砲の群れが轟々と火を吐いている。見通しの良い地形に射線を遮る物はなく、撃ち下ろす敵の砲撃に曝される。いかに我々のマギア、“ヨトゥン”が頑強であっても正面突破は無謀だ。これを突破するには更なる火力の集中が必要になる。
「作戦本部、こちらT-13部隊、現在敵拠点に接近。敵の砲火が激しく、これ以上は進めない。指示を請う」
「了解した。すぐに砲撃支援を行う。攻撃地点にフレアを打ち込め」
「了解」
無線を切り替え、部隊に指示を出す。
「これより砲撃要請のためにフレアを撃ち込む。各機、援護しろ」
「「了解!」」
盾を構えるマギア3機が火砲へ向けて援護射撃を始める。敵の意識がそちらに向いた隙に、照準を攻撃地点に向けてスイッチを押した。マギアの肩部から射出されたフレアが燃焼し、化学的な赤い光と煙を撒き始める。山なりの軌道を描いた後にフレアは火砲の傍に落ちた。
「T-13部隊、フレアを視認した。砲撃支援を開始する。巻き込まれるなよ」
直後、後方より轟音がこだまする。空気を切り裂く甲高い音は、鉄塊が今まさに飛来せんとする証だ。そうとも知らず、敵は火砲を撃ち続ける。我々は息を殺して時を数える。砲撃がマギアの装甲を掠めていく。………来た。
——ドオオオン!! ……ドオオオン!!!
いくつもの影がコンクリートに飛び込み炸裂する。敵拠点の破片、人間が、地面もろとも宙に舞ったと思えば、地上へ降り注いだ。150mm榴弾砲の威力は恐るべきモノだ。敵に向けられたことを思わず感謝する。炎と煙と、肉の混じった残骸を絨毯にして我々は進んだ。
「総員突撃! 動きがあれば撃て!」
部隊長の指示を受けて“ヨトゥン”が崩れた拠点へと雪崩れ込む。煙塵が視界を奪う中で隊列を組み、敵地を進む。トリガーにかかる指は、来たる瞬間を待ち侘びている。——煙の先に人型の影が見えた。ライフルを構え、指に力を込める。
——ガァン!!
トリガーを引くと同時に、金属同士の衝突音が返ってくる。放たれた砲弾が、敵の装甲を貫いたのだ。影はその場に倒れて動かなくなった。100mm徹甲弾による至近弾は、いとも簡単にマギアの装甲を貫通する。
「10時の方向、敵影あり!」
——ガァン! ガァン!
隊員がトリガーを引く。衝撃と金属音が響く。
「ターゲット、ダウン!」
敵の対応が鈍い。ファラクル側は先程の飽和攻撃によって体勢を崩している。それにこの土煙の幕は、敵の連携を分断し、状況の把握を困難にしているようだ。
——ダァン! ダァン! ダァン!
近くで砲声が響く。我々の存在に気づいて、闇雲に打っているヤツがいる。隊列を維持しつつ、砲声の方向へと接近する。煙の先に慌ただしく動く機影が見える。戦場で冷静さを欠いた者の末路は、常に決まっている。——
――ガァン!
「ターゲット、ダウン」
コックピットを撃ち抜かれたマギアが、その場に崩れ落ちる。土煙は未だもうもうと辺りに立ち込めている。優勢ではあるが、闇雲に進み続けるのは危険か。
「本部へ、T-13部隊は敵拠点へ侵入した。敵の位置を知りたい、偵察できるだろうか?」
「少し待て。……そちらの上空に偵察機が向かった。情報が入り次第伝える」
「了解」
四方を固める陣形をとり、動き出すタイミングを待つ。丘陵に吹く風音が装甲越しに聞こえる。偵察用の航空機が到着すれば、プロペラの音も聞こえるはずだ。それまでは敵の動きを待つ。
「……? 隊長、3時の方向に動きがあります」
カメラアイを3時に向ける。薄っすらとだが、たしかに機影が見える。その機影は緑のライトを点滅させていた。ファラクルの機体ではない。
「あれは……」
「撃つな、友軍だ」
隊員のライフルを抑える。それから、こちらも緑のライトを点灯する。それに気づいた3機の機影が近寄って来ると、シルエットが鮮明になった。細身の胴体に、鳥類のような独特の脚部をしたマギア。たしか”ロクスタ”だったか。
無線通信が入る。
「我々は特殊作戦群”キュクロプス”。そちらは?」
「陸軍第3
「本部より、敵拠点の残存戦力殲滅の任を受けています。貴方がたに協力を要請したい」
特殊作戦群だと? ……いい噂を聞かない連中だ。こんな前線にエリートが何をしに来たというんだ。
「……本部からは何も聞いていないが」
「今、伝えましたから。ご協力、してくださいますね?」
連中が考えていることは分からん。だが命令であれば遂行するのみだ。
「了解した。T-13部隊はこれより殲滅戦を行う」
「話が早くて助かります。……ご武運を」
そう言ってキュクロプスの連中は土煙の中へと消えていった。素早いな、あの“ロクスタ”とかいう機体。こちらの“ヨトゥン”では追いつけない。いや、どこの軍の汎用機も捕まえられないだろう。あれが次世代のマギアの姿か。
奴ら、殲滅作戦と言ったな。……すなわち軍は捕虜はとらないことにしたらしい。戦争といっても全くのルール無用ではない。陸戦条約に基けば、戦意を失い投降する兵士は保護されることになっている。それを殲滅などすれば、国際社会の反発を買うことは避けられない。かの大帝国も黙ってはいないだろう。あるいは、それこそが我らの
「各機、敵を見つけ次第排除だ。例外はない」
「「了解」」
一陣の風が吹き上げ、土煙を攫う。視界が開けた。拠点であった丘陵から戦場を見下ろす。ファラクルの陣営はすでに潰走を始めている。それを“ヨトゥン”の群れが追い立てる。
キュクロプスの連中もすでに狩りを行っているようだ。油断は禁物だが、ここからの反撃は考えにくい。
ティタニアとファラクルの戦争はこの西方戦線で決した。次は東方の勢力“連盟”を叩くことになるだろう。烏合の衆がどこまで持つか見ものだ。……フェアリエの葡萄酒が飲めなくなるのは口惜しいが、ティタニアの理想を阻む勢力は打ち倒さなければならない。
「T-13部隊、偵察機より敵残存勢力の情報が入った。偵察機の誘導に従い、速やかに敵を急襲しろ」
「了解」
上空で友軍の偵察機が旋回している。我々は再び敵を求めて、灼けた大地を震わせる。マギアは……エーテルは戦争を変えた。ここからは過去に類を見ない戦死者が出るだろう。だが、新たな秩序を建てるには犠牲が必要だ。我々が、ティタニアがそれを為すだろう。全ては平和という理想のために。
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