第11話 リハビリの日々(2)

 「——はあ、疲れた」


 白く清潔なベッドに倒れ込む。シャワーを浴びて横になると、1日が終わったと感じる。いつもなら酒を一杯やって気分良く眠るところなのだが、病院にはそんな気が利いた物は無い。味気ない病院食を食べて、1日の経過報告を書く。


 ——本日は午前より演習場にて、マギアの操縦訓練を受ける。内容は指定されたコース制限時間内に回るというもの。

 

 今回は課題を達成できず不合格を受ける。明日も同様の訓練を受ける予定。突然の辞令には驚いたので、せめて事前に伝えて欲しかった。

 

 マギアの適性は無いはずだったが、被曝の症状が出なかったことに疑問が残る。それにも答えてもらえないかもしれない。

 

 いつになれば事実を教えてもらえるのだろうか?——


 経過報告を書き終える。最後の方は愚痴になった。自由に書けと言われたので、問題ないだろう。准将が事実を伝えると約束して、もう1週間だ。黙って待つにも限界が近い。

 

 こうなったら、事実を知るマギアに聞いてやろうか。“妖精王の剣”はその目で全て見ていたはずだ。准将には悪いが事実を隠すつもりなら、こちらから探るしかない。


「ウィオラさん。入ってもよろしいですか?」


 部屋の外から男性の声がする。先生の声だ。


「はい、大丈夫です」


 答えると扉がゆっくりと開いて、白衣を着た男性の医師が現れる。彼は私が病気で目覚めた時に診察をしていたその人だ。

 初対面で失礼な態度をとったことを謝ると、何でもないように許してくれた。入院中の診察は彼が行うことになっている。


「お疲れでしょうが、診察はいつも通りに行いますね」

「お願いします」


 体を起こして、先生の方を向く。先生はまず経過報告に目を通した。


「……なるほど。マギアの操縦訓練は大変だったようですね」

「はい」

「心身に不調はありませんか?」

「疲れはありますが、これといった不調はありません」

「それはよかった。リハビリが順調とはいえ、通常であれば訓練への参加は許可できないのですが。……カーマイン准将は焦っている、どうしても君をマギアに乗せたいようだ」

「そうみたいですね」


 准将は焦っているのか。“妖精王の剣”が私以外のパイロットを認めていれば、こうはならなかったはず。素人の私がマギアを動かせるように訓練する他ない。准将の焦りは自然なことのように思う。

 ——とすると“妖精王の剣”を戦闘に使うことになるのか?


「いろいろと疑問を抱えてもいるようですね」

「はい。自分のことなのに、分からないことだらけです」

「カーマインさんは何か言っていましたか?」

「いえ。准将とは1週間、顔を合わせていません」

「そうでしたか……それは歯痒いでしょうね」


 先生が経過報告を閉じる。それからメモに何事かを書き込んだ。准将からの口止めは続いているらしく、会話にぎこちなさがある。


「この経過報告は准将に見せてもいいですか?」

「はい、大丈夫です」

「わかりました、渡しておきましょう。何か答えてくれるかもしれない」

「そうですね。お願いします」


 期待したいところだけど、どうだか。


「それでは、今日の診察はここまでにしましょう。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 経過報告を持って、先生が部屋を出ようとする。


「先生」


 思わず先生を呼び止めていた。咄嗟のことで自分でも驚いている。どうせなら、言いたいことを言ってやろう。


「何かな?」

「私がこうなったのはエーテルを浴びたからですか?」


 しばし沈黙が流れる。


「……それは、私からは何とも」


 背を向けたまま先生が答える。


「不安なんです。何も知らないまま戦うのは」

「……」


 彼は躊躇う仕草を見せた後、扉にかけた手を離して、手前の椅子に座り直す。


「……確かに、軍の報告によれば、あなたはエーテルを浴びたことになる。それも甚大な量を。普通なら廃人になっていて、手の施しようがなかったはずだ」


 以前、フェルト局長が口走った話は本当だった。一生分のエーテルを浴びたと、彼女は私に言った。それがどれほど深刻なことなのかは知らなかった。廃人になるなんて、考えるだけでゾッとする。


「記憶喪失も被曝が原因なのでしょうか?」

「それについてはまだ断定はできない。被曝患者はむしろフラッシュバックに苦しむ人が多いから。エーテルが記憶喪失を引き起こしたというケースは例がない。そう考えると、君は異例ずくめだ」


 フラッシュバック。トラウマになった出来事を鮮明に思い出す症状、だったはず。記憶喪失の私とは真逆だ。苦しみを伴わない分、忘れている方がマシかもしれない。


「エーテルへの耐性が後から付くことはありますか?」


 続けて尋ねる。


「そういう例もない。エーテルへの耐性は先天的な体質に依存しているというのが定説だ。その耐性の有無を決める要因も判明していない。後天的に耐性を付与するのは、今のところ難しいだろうね」


 記憶喪失もエーテルへの耐性も、現代では説明できないことがわかった。だが、それらが起きたキッカケだけは、はっきりしている。


「私も聞きたいことがある。知らされていないのは、私も同じだ」

「そうですね。一方的なのはフェアじゃない」


 先生は顎をさすりながら言葉を選ぶ。数秒して、彼の口が開いた。

 

「もしかしてだが、起きている全ての原因に、君は心当たりがあるんじゃないか?」

「……あります」


 “妖精王の剣”のことを話すべきか迷う。極秘情報を許可なく漏らせば軍法会議送りだ。


「しかし、それは極秘でして」

「かまわない、有無を知りたかっただけさ。私の領分じゃないだろうし」

「ありがとうございます」

「ただ気をつけなよ。そのは危険かもしれない」

「それでも私には必要みたいです」

「……そうかい」


 先生は小さくため息をつくと、立ち上がって、座っていた椅子を端の方に寄せる。


「私から言えるのはここまでだ。このことは内密で頼むよ」

「はい。ありがとう、先生」


 小さく手を振って、今度こそ彼は部屋を出ていった。自分についてわかったことが増えて、少しホッとする。真実を知りたければ准将に期待するより、自分から近づくほうが良さそうだ。


 横になって、布団を被る。窓を見ると三日月がのぞいている。静まり返った病室はやけに広く感じる。寝返りを打つと、衣擦れの音がよく聞こえる。

 ……私は今、孤独なのかもしれない。関わる人間はむしろ増えているけど、やっぱり仲間とは違う。エリーたちがいたら、助けてくれただろうか? 

 

 失った仲間への涙は、今夜も流れない。

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