第10話 リハビリの日々(1)

「遅いぞクローバー! 標的まとになりたいのか!」

「いいえ!」


 スピーカー越しに、教官のカミナリが飛んで来る。ただでさえ声が大きいのに、それを増幅させるとちょっとした爆弾のようになる。負けじと私もコックピット内のマイクに向かって声を張った。


「では機敏にマギアの足を動かせ! より早く、正確に!」

「了解!」


 コックピットのフットペダルを踏み、マギアの動きを調節する。微妙な足の力加減が信号となって脚部に伝わることで、巨体の運動制御を行う。まるで人間の脳と身体の関係だ。センスがあれば体操選手のように動くし、逆なら木偶でくの坊となる。車椅子の操作とは随分と違う。


 ・・・・・・・・・


 病院で目が覚めた日から、もう一週間が経った。その間、病院と旧文明研究局を往復する日々が続いた。病院ではリハビリを、研究局ではフェルト局長の研究に協力していた。


 足のリハビリは順調に進んでいる。時間が経つにつれて、足の感覚が戻りつつある。医師によると、意識を失っている期間が長かったので、足の感覚が鈍くなっているとのこと。

 地道にリハビリを続けて、鈍さは残るものの、短い散歩くらいなら出来るようになった。まだ車椅子の世話になっているけど、この調子なら、近いうちに車椅子を降りれると思う。


 研究局の方では“妖精王の剣”について、色々と分かったことがあった。一つは、私がとして登録されていることだ。そいうからには試験機なのかと、当人もとい、当マギアに問うた。すると『肯定』と短い回答が返ってきた。


 もう一つは、他の人間をパイロットとして登録する気がないということだ。こちらも何故と問うてみたが、今度は回答拒否を食らった。

 

 さらに何故かと問うてみると、現在の私の権限では開示できないとのことだった。その後は、同様の理由で回答拒否を何度も食らうはめになった。


 テストパイロットが権限を上げる方法は、管理者に権限を付与されるか、テスト続行に必要と判断されれば限定的に付与される事がある、だそうだ。わかったことが増えた分、わからないことも増えたということだ。


 ・・・・・・・・・

 

 そして、一週間後のまさに今日、マギア部隊への転属を命じる旨の辞表が届いた。カーマイン准将の部下だというケイネス少尉が、辞表を届けたついでに私を軍の演習場まで送った。演習場では操縦訓練を担当する教官が待ち構えていた。


 教官は車椅子で現れた私を見て「正気か?」と言わんばかりの表情で迎える。こんなことは思ってもみなかったから、とりあえず苦笑いしていた。正気を疑うなら、辞令を出した准将の方にしてほしい。あの男は何を考えているのだろうか?


 そんなわけで、急遽、マギアの操縦訓練が始まった。訓練用のマギア“ノーム”に乗り込む。ノームは世間の知るマギアそのものの姿形で、四角が積み重なったようなシルエットは、模倣品レプリカの代表とも言える。


 教官の指示はこうだ。最初の訓練は決められたルートを走るというシンプルな内容だった。ルート上にフラッグがあり、全てのフラッグを通過して、制限時間内にゴールすれば合格。それ以外は不合格。入隊するには合格しなければならない。


 ルート上の地形はまるっきり平坦ではないが、複雑でもない。石炭の採掘場跡地を利用したという演習場は、黄土色の地面が剥き出しになっている。マギアの走破性があれば問題ない地形に見えた。問題があるとすれば、私にマギアの適性がないことだと思う。

 

 マギアの適性というのは、もちろん操縦センスのこともあるが、それ以前にエーテルへの耐性が求められる。

 マギアの動力源であるエーテルコアとコックピットは、いわばお隣さん同士の関係なので、エーテルの被爆リスクは高まる。

 コアはエーテルを遮断する防護壁で覆われているが、それでも完全に遮断できるわけではないらしい。


 そこでパイロット自身に耐性が求められるという訳だ。入隊時のマギア適性を測る試験は、コックピットに10分間座っていることだった。その間、頭上ではエーテルコアが戦闘時の出力で稼働する。


 10分後、耳元で意味不明な囁き声が聞こえ始め、視界ではぼんやりと妖精が舞うようになっていた。幻聴と幻覚、エーテル被曝の症状がもろに出ていた。マギア適性は無しと見なされ、私は歩兵科に配属となる。


 だから不思議なのだ。マギアに乗るよう命じられたことと、何の症状も出ていないことが。私には適性がなかったはず。

 

 いつの間に耐性がついたのだろう? 

 あとから耐性がつくものなのだろうか?

 

「気を抜くな! 足が止まっているぞ!」

「……はい!」


 教官のカミナリが疑問をかき消す。鈍い足を動かすのを忘れていた。足に力を込めて、フットペダルを踏む——と同時にマギアの足が動き、そのたびにズシンと振動が返ってくる。よし、この足なら歩ける!


「クローバー! 横に歩くな、前に歩け! 蟹にでもなるか!?」

「すみません!」


 新しい足も負けず劣らず鈍い。道のりは険しいようだ。パイロットとして戦えるようになるまでに、フェアリエが無くなってないといいけれど。

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