第9話 憂国の王女
——フェアリエ王国、王城アヴァロン。王女の間にて——
——コン、コン
扉の方から小気味のいい音が聞こえる。
「入りなさい」
「失礼します」
ややしわがれた、親しみのある声だ。両扉の片方を半分ほど開いて、変わり映えしないモーニングコートに身を包んだ、執事のアルベルトが姿を見せる。
「姫様。例の方がお目覚めになりました」
「……そう。彼女の容体は?」
「作戦中の記憶が失われているものの、意識清明とのことです」
報告によると彼女はマギアと共に、エーテルコアの爆発に巻き込まれたとあった。爆発によって生じたエーテルは凄まじい威力だったはず。その爆発を受けてマギアが形を保っていることは奇跡に他ならない。あるいは
「多量のエーテルを浴びて、意識が回復するなんて。奇跡は起きるものね」
「はい。喜ばしいことです」
エーテルというエネルギーは恩恵であると同時に毒でもある。人体が直接、エーテルを浴びると脳機能に異常が起きる。多くの場合は情緒不安定から始まり、幻覚、幻聴、現実感の喪失などの精神異常をきたす。酷い場合には脳機能に不可逆のダメージが残る例もある。珍しいケースだが記憶喪失も被曝による症状——というのが医師の推測だ。
「現在はカーマイン准将と共に、旧文明研究局へ到着している模様です」
——であれば、じきにフェルト局長から報告が上がってくるはず。"妖精王の剣”は最初の起動以来、沈黙を保っている。ウィオラ・クローバーの接触によって再び目覚めるなら、ティタニアとの戦いに希望が見出せる。しかし、それは彼女をこの国の運命に巻き込むことを意味する。
「私たちの思惑が成れば、ウィオラも戦いの犠牲になるかもしれません。生き残った部下まで失ってはユーリに恨まれてしまいますね」
「そのようなこと、ユーリア・イスマ殿はなさらないはず。彼女は戦うと決めた時から、犠牲になることと同じく、部下を犠牲にする覚悟もしていたでしょう。姫様に対して、恨みなどありますまい」
アルベルトが力強く語る。
ユーリとは目指す方向は違えど、より良い国を夢見る親友だった。軍事の名門、イスマ家の娘であるユーリと王女の私なら、何事かを成せると、互いに希望を語り合ったことが懐かしい。その内の一つが女性部隊の創設だった。ユーリが率いる女性部隊の先駆けとして、孤児院で育った女性が選ばれた。
「たしかに、ユーリは納得しているでしょうね。でも部隊の子らは違う。私は彼女らが声を上げられないのをいいことに、生き残りのウィオラを死に近づける魔女。そう責められて当然なのです」
「姫様……差し出がましいようですが、背負えばいいというものでもありません。あなたはまだ若いのですから、国王陛下のように振る舞えば、責務に押しつぶされてしまいます」
「出来ることが、他にありませんから」
そう言うとアルベルトは低く唸って、やがて視線を落としてしまった。投げやりになって執事を困らせる王女とは情けない。アルベルトの言う通りだ。私は若く、甘ったれている。
「ごめんなさい、嫌味だったわね」
「滅相もない」
「……昔、お父様から教わったの。王家という立場に年齢は関係ない。幼かろうと、老いさらばえようと、王家を名乗るならば国を背負って立たなければならない——と。お父様が病に伏せった今、私は王位を継ごうと考えています」
「この老いぼれが姫様の戴冠を見届けられるとあれば、これ以上の栄誉はありませぬ。どこまでもお供いたします、我が主人」
「もう、大袈裟ね。……ありがとう、心強いわ」
「恐悦に存じます」
アルベルトは恭しく礼をする。彼の忠節に報いたい。
「そのためには、まず議会の政治家たちを納得させる必要があります」
「あの曲者たちをですか……姫様が王位を継ぐのに、なぜ
「それが議会政治というものです。彼らは選挙によって選ばれた国民の代表。彼らの同意を得られれば、国民から、王に相応しいと認られたことになる。そう考えてもよいでしょう。……まあ、あなたの思うように、すんなりとはいかないでしょうけれど」
「むう……」
「しかし、方法は明確です。彼らと同様に、国民の支持を得られればいい。投票はなくとも、一定の支持が集まれば議会も無視はできないはず。要は、政治家たちと同じルールでプレイヤーとして参入する、というだけの話です」
「なるほど。私めに務まることはございますか?」
「次の議会が開かれる前に、演説を打ちます。アルベルトにはその場を取り計らって欲しい。早速の無茶になりますが、お願いします」
「お安いご用です」
一礼すると、アルベルトは部屋を出た。人を振り回すことが常とはいえ、慣れないものね。王位を継げば、国を振り回すことになる。今のうちに、慣れておいた方がいいのかもしれない。まずはウィオラ・クローバーの人生を振り回ことから始めないと。
「——主よ、大地の恵みよ。私の罪にどうか赦しを」
手を合わせて、祈りを捧げる。十字架に交差する後光が重なったシンボルが、
人に許されないとわかっているからこそ、こうして主の赦しを乞うのかもしれない。祈りの手に自然と力が入る。けれど人の罪は贖罪されなければならない。赦しはその先に与えられるものだ。……しかし、贖えるものだろうか?
主はその命を持って人の罪を贖った。私の道も十字架へと続いているのかもしれない。
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