第8話 妖精王の剣(2)

 現代によみがえった御伽話の威容を、その足元から見上げる。一糸纏わぬ細身のマギアからは、窺い知れない気配が漂っている。それは眠っていたという縦穴の暗闇がへばりついて、ヴェールのごとくマギアを覆っているように感じられた。所詮、目には見えない印象に過ぎないが、これがただの機械と考えるのも難しいことだった。


「それじゃあ、この“妖精王の剣”についてご説明しますね」


 ツアーガイド風にフェルト局長が話し始める。


「現時点で判明していることは、これが原型オリジンであること。動かせること。ことの三つのみですね」

?」


 私よりも先に、准将が尋ねる。


「はい。実際に見てもらいましょう。——お願いします!」


 局長が上の方を向いて指示を出す。コックピットに続く架橋に、さっきとは違う白衣の人が立っている。彼は手を振って「ハッチに触れます」と言って、マギアの胸部を触った。


《接触を確認。生体反応……非登録者と認識。コックピットの解放はできません》


「「……」」


 感情を抑えた女性の声が響く。本当に機械が喋った。しかも、私たちの言語で。


「この通りです。今のところ、彼女が話すのは先ほどの台詞だけです」

「……なかに人が乗ってるわけでは、ないんだよな?」

「ありえませんね。もう5日間もコックピットが閉じたままですから」

「どういう仕組みなんだ……」


 准将は呆気にとられている。私もそうだった。

 

「仕組みについてはコックピットが開かないとなんとも」

「やはり開かないか。仕方がない、ウィオラ、早速だが頼みたい」

「あ、はい。私は何をすれば?」

「コックピットに触れてほしい。変化が起きるかもしれない」


 そう言って、准将がコックピットを指差す。車椅子で高いところに行くのは正直、嫌だけど、断れる雰囲気じゃない。というか、なぜ私なら変わるのか?


「わかりました、やってみます」

「ありがとう」


 断らせるつもりなんてなかったろうに。車椅子は私を乗せて、コックピットに伸びる架橋を目指す。一度、建物内に入り、そこでエレベーターに乗る。3階に上がって、通路の途中にコックピットへの道がある。そこを車椅子で進むわけだが、高い上に道が細い。柵はあるから安全だろうけど、わかっていても歩けない今は恐ろしい。


 そんな私の内心を知ってか知らずか、准将はズンズン車椅子を押して進む。そして、コックピットの正面についた。マギアの虚な瞳がこちらを見下ろしている……ように見える。


「さあ、触れてみてくれ」


 急かされるままに、手のひらを胸部ハッチに重ねる。ひんやりと冷たい。


《生体反応確認……登録者と認識。パイロット名『ウィオラ・クローバー』。コックピットを解放します》


 その言葉と共に、ハッチが左右にスライドする。頑なに閉じられていたというコックピットが、いとも簡単に露わになった。内部は球形になっていて、中央にパイロットの座るシートがある。


「おお、本当に開いちゃったね。左右に開くタイプなんだ」


 局長が言う。いつの間にか上がって来ていたようだ。「なんで私の名前が登録されているのか?」と口からついて出そうになるが、それも「答えられない」のだろう。黙って次の指示を待つ。


「ウィオラ、どうだ?」

「特には」


 記憶の方には変化なし。

 

「わかった。コックピットに入るのはできそうか」

「手を貸してもらえれば、なんとかなりそうです」

「よし、私は左を。フェルトは右を頼む」

「力仕事ですか〜」

「いいからやるんだ」

「は〜い」


 左右から体を支えてもらい、車椅子から立ち上がる。准将と局長の体格は、大人と子供ぐらい差があるのでバランスが酷い。二人には悪いけど、これなら這ったほうがまだマシだ。


「すみません。おぶってもらう方がいいかもしれないです」

「……そうだな。これでいけそうか?」


 しゃがんだ准将の背中におぶさる。広い背中は妙に安心感があって落ち着く。


「ありがとうございます。……重くないですか?」

「君はもう少し食べた方がいいくらいだろう」


 准将は慎重にハッチをくぐり、コックピットに踏み入る。球形をした内部は全面が黒く、時折、光の筋が走っては消えている。腕を左右に突っ張って、どうにかバランスを保ちながら、准将はシートに近づいた。


「ウィオラ、いけるか?」

「はい、移ります」

 

 足先でシートの位置を確かめながら、ゆっくりと体を下ろしていく。准将の制服が伸びたかもしれないけど、おかげでシートに座ることができた。


「いけました!」

「よし、よくやった!」


 謎の達成感を二人で共有する。そこに局長が入ってくる。コックピットに3人はキャパオーバーだ。マギアに反応はない。


「お邪魔しまーす。わお、中身もすごいね」

「局長、ここからどうしましょうか」

「うーん、とりあえず、そこのレバーを握ってみるとか?」


 言われた通り、シートの両側に突き出たレバーらしきものを握る。

 

「……反応ないですね」

「普通ならスイッチで起動するもんだけど、一つも見当たらないし。困ったね」

「もしかしてだが、喋るくらいなら話もできるんじゃないか?」

「あ、それかも。ウィオちゃんお願い」

「ウィオちゃん? ……やってみます。えと、聞こえる、妖精王の剣さん?」


《音声認識。ウィオラ・クローバー。ご指示を》


「おー、また喋った。ウィオちゃんの言うことなら聞くみたいだね」

「あなたを動かすには、どうすればいい?」


《『起動』と音声による指示を求む。または両トリガーを5秒引くことを求む》


「わかった。——『起動』」

「了解。起動シークエンス開始。待機モードから通常モードへ移行」


 ——ウォオオオオオオ……


 マギアの内側から唸りが響く。すると、球形コックピットの内壁が黒から転じて、複雑な模様へと変わった。いや、よく見れば、見覚えのある建物と機械、人がある。これはマギアの目が映す研究所内か。上下左右を映す、球形のモニターに切り替わったコックピット内が宙に浮いたと錯覚させる。


「うおっ!」

「きゃ!」


 左右の二人が足元を見て悲鳴を上げる。そんな二人をよそに、コックピットの変化が続く。シート上部から、パネルのようなものが降りてくる。私の目線に合わせて止まると、それは文字を浮かび上がらせる。何かと視線を彷徨わせる。すると、照準のような印が動いている。……これ、私の視線について来ている?


「何が起きてる?」

「私にもさっぱり。やっぱ原型オリジンは規格外だわ。あはは」

「笑ってる場合か。ウィオラも、問題ないか?」

「はい、大丈夫みたいです」


《エーテルコア、出力安定。低出力を維持します》


 外の人たちの驚いている様子が、全面のモニターでよく見える。


「とにかく、起動には成功したみたいだな。一旦ここまでにしよう」

「はい」


 入った時のように、おぶられながらコックピットを出る。全員が外に出ると、ひとりでにハッチが閉じた。このマギアは私たちを見ているのだ。


「いやー助かったよ。ありがとね、ウィオちゃん」

「お役に立ててよかったです」

「……記憶は戻らなかったようだな」

「そうですね」

「まだ時間はある、私たちは病院に戻ろう。……そこで今後のことを話そう」


 三人揃って研究棟を降りていく。エレベーターの扉が閉まり、少しの間、静かになる。……こういう時、ちょっと気まずくなる。別に誰も気にしてないだろうけど。


「あ、そうだ」

 

 局長が口を開いた。何かを思い出した様子。


「どうした?」

原型オリジンの判明したこと、もう一つありました」

「何がわかった?」

「回収した装甲の破片を分析しまして、材質が分かったんですよ」


 エレベーターが1階へついた。移動しながら、報告の続きを聞く。


「不思議なことにですね、ほとんどが“塩”で出来てたんですよ」

「“塩”だって? ……料理とかに使う“塩”なのか?」

「そうです。フレームや背中の剣は未知の金属なのに、装甲は塩の塊でした」


 塩でできた装甲。旧文明の技術はすごいのか、そうでないのか。彼らの考えることは、分からないことだらけだ。もし雨が降ったら目も当てられないだろうに。


「わかった。他に判明したら、逐次、報告してくれ」

「りょうか〜い」


 フェルト局長とはそれから別れた。別れ際に「ウィオちゃんまたね〜」と手を振りながら、見送ってもらった。今度会う時は、せめて声量を下げてもらうよう言うつもりだ。視線を集めて恥ずかしい。


 准将の車に乗り込み、来た時のようにアイマスクで目を覆う。結局、都合よく記憶が戻ることはなかった。准将の言った「私を生かすため」という言葉の意味を考える。仲間の死、妖精王の剣、エーテル。記憶の空白に落として来たものを、引き揚げるべきなのか。もしかすると、闇の中で眠らせておくべきなのかもしれない。あのマギアがそうであったように。

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