第7話 妖精王の剣(1)

 暗闇くらやみに見覚えがあるというとおかしいけれど、前に似たような暗いところにいた気がする。それは失った記憶にある暗闇か、それよりも前のものだったか。


 未だ闇の底から動けずにいるエリーたちと、同じ闇を見つめられたなら、仲間として、彼女たちの死に向き合えるかもしれない。しかし、私に見えるのは瞼の裏側か、もしくはアイマスクの黒さに過ぎず、そこに奥行きもなければ、私を導く答えがあるはずもない。


 墓地から車を走らせてしばらくすると、機密保持のため、アイマスクを着用するよう命じられた。てっきり基地の方に戻ると思っていただけに、病院のときのように、また不信感が芽生えた。それを察したのか准将が説明する。


原型オリジンの存在を他のマギアのように見せびらかすのは、手の内を晒すようなものだ。ティタニアが侵攻を始める口実になりうるし、原型オリジンの発掘となれば諸外国の干渉もある。それらを避けるために、“妖精王の剣”の秘匿は必要なことだ。協力してくれ」


 そういう理屈なのか。准将ともなれば、常に大局を見てとるべき行動を考えているんだな。二等兵の頭では、そうした考えに及ぶのに、教養とか経験とか色々と足りていない。


 そういうわけで、私はまたしても彼の口車に乗り、暗闇のドライブを楽しんでいる。彼は他人の感情の機微を見抜くのが上手いようだ。上官としては有能、男としてはいけ好かない。生真面目なイスマ隊長とは似ても似つかないな。


 目を閉じれば自然と耳からの情報に意識が向く。途中、何度か止まり、知らない話し声が聞こえた。准将は特に何も話さず、車が走り出す。多分、検問所のだったのだろう。私について触れることはなかった。最後に車が止まった時にはシャッターがけたたましい音を立てて、上がる音がした。タイヤがゆっくりと道を踏み締める。エンジン音が止んだ。

 

「ここからは歩きだ。目隠しはそのままで車椅子に乗せる」


 准将の手を借りて、用意された車椅子に座った。目隠しをしながら、進んでいく様は側から見れば奇妙なことだろう。やがて機械の駆動音と、その合間に人の気配を感じるようになる。——大勢いる。いよいよ、目隠しが取れる頃か。


「ウィオラ、もう目隠しをとっていいぞ」


 許可がおりたので、アイマスクを外す。ぼんやりとした視界が徐々に光に慣れて、輪郭を取り戻していく。目に飛び込むのは、眩しいくらいに照明が灯る円筒状の空間と、大小の機械装置に囲まれる人型の機械であった。足元で作業員と白衣を着た人間が行き交っている。


「あれが“妖精王の剣”ですか?」

「そうだ。何か思い出せるか?」


 屹立する、鈍色のやけにほっそりしたマギアを見る。基地に配備されているマギアとは随分と形状が違う。積み木で表すとすれば、見慣れたモノが積み上がった四角で、アレはなんとか積み上がっている三角といった具合。模倣品レプリカ原種オリジンを元にしたというけれど、共通するのは人型という点くらいだ。あんなに細い足でよく自重を支えている。その姿から、記憶が呼び起こされることはなかった。


「ダメみたいです」

「そうか。まあ、アレは発見された時と見た目が変わっている。諦めるには早いだろう」

「そうなんですか?」

「装甲が剥がれて丸裸の状態だからな」


 どうりで細いわけだ。装甲に隠れているはずのフレームが剥き出しとは。それにしたって華奢なことには変わりない。フレームは骨だけでなく筋肉の役割も兼ねている。重厚な装甲を纏うなら、自重を支えつつ運動もこなすフレームは太く頑強なモノになる。あの痩せぎすの足では、今の私のように歩けもしないはず。そんな理屈を無視するのも原型オリジンという存在なのだろう。

 

「詳しいことは専門家に聞きたいところだが……おかしいな、時間は伝えてあったはず」


 腕時計を見ては、誰かの姿を探す准将。通りがかった白衣の人を呼び止めて、局長はいるかと尋ねている。


「局長は、原型オリジンの装甲の破片を調べると言っていたので、研究室にいたと思うのですが。……もしかして、お約束ですか?」

「もしかしなくても、そうだ」

「うちの局長がすみません。どうも、夢中になると他のことを忘れてしまうようで」

「彼女がそういう人間だと知っていて任命したからな、私の責任でもある。呼び止めてすまなかった、自分で探すとするよ」

「すみません。局長を見かけたら、准将のことを伝えておきます」


 白衣の人は申し訳なさそうに、仕事に戻って行った。


「やれやれ、本当ならここの局長から原型オリジンの調査報告を聞く予定だったのに」

「どんな人なんです?」

「名前はエーネル・フェルト。マギア研究の第一人者だよ。国内において、マギアのことで彼女の右に出る者はいない。俗にいう天才さ」

「すごい人がいるんですね」

「そう、彼女はすごい。すごいのだが、厄介でもある。……予定は忘れる、人の名前は憶えない、気分屋かと思えば老人並みに頑固なこともある。天才と何とかは紙一重というが、その通りだと思う」


 ひとしきり彼女について話し終えると、彼は眉間にシワを寄せて、深いため息をつく。手を焼いてるんだな。准将の顔は上官というより、困った娘をどうするかというような表情だ。准将には悪いけど、彼を困らせる天才に自然と興味が湧いていた。


「誰かお探しですか〜?」


 その時、不意に後ろから声がかかった。


「……フェルト。また遅刻だぞ」

「やだな准将、ほんの5分じゃないですか。大目に見てくださいよ」


 背後からぐるりと、私たちの前に白衣の女性が現れた。銀色の髪をお下げにした小柄な彼女は、飄々とした笑みを浮かべている。


「そうだな、遅刻したことは大目に見てやろう」

「おお」

「その代わり、彼女に原型オリジンの説明をする仕事は果たせ。いいな?」

「もちろん。お安いご用ですよ」


 そう言って、彼女が私の前でかがむ。目線が合う。表情もそうだけど、目からも強い好奇心が伝わってくる。気恥ずかしくて目を逸らしても、逃してくれない。


「私はこの”旧技術研究局”の局長を務めている、エーネル・フェルトです。親しみを込めて、フェルトって呼んでね」

「フェアリエ王国軍、二等兵のウィオラ・クローバーです。よろしくお願いします……フェルト局長」


 彼女と握手を交わした。


「遠慮しなくても『フェルト』って呼んでくれていいのに」

「あはは……」

「それにしても、あなた、やっぱりすごいね」

「え?」

を浴びて、意識がはっきりしてるんだもの。これは本当に御伽話の勇者さまかもね!」


 ……彼女の言うことが突然わからなくなった。エーテル? 勇者? どれも、また記憶にない言葉だ。しかし、一瞬だけ脳裏をよぎるものがあった。青い光の奔流。ただそれだけの意味を持たない光景。


「フェルト」

「……あ、それじゃあマギアの説明をしますね。私についてきてください」


 マギアの足元を指して、局長が歩き出す。それに合わせて准将と私も後に続いた。


 ……なんだろうか、さっきの空気は。准将も声色が重く、怒気を滲ませていたように感じた。フェルト局長は口を滑らせたから、准将がそれを咎めたとも考えられる。思考停止で車椅子に座っていることに居心地の悪さを覚える。疑問も持たず、それでいいのだろうか?


「准将」

「どうした?」

「さっき局長が言ったこと、聞いてもよろしいですか?」

「……すまない、今はまだ答えられない」

「どうしてですか?」

「必ず事実を説明すると約束する。まだその時ではないと飲み込んで欲しい」


 振り返って准将の顔を見る。強張った表情で私を見つめている。口は固く、真一文字に結ばれている。それを見て、これまで無邪気に『なぜ、なぜ?』と問い詰めていたことを恥じた。相変わらず事情に置いてけぼりだが、軽薄な質問はやめにする。准将の言葉は本気だ。

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