第6話 仲間たち
車に揺られながら、流れていく景色をガラス越しに見つめる。軍用の車両と違って、シートが柔らかく、落ち着いた乗り心地をしている。車道が整備されていることもあるが、尻の痛みを気にせずにいられるのは、実に快適だ。
「そろそろ目的地だ」
運転席でハンドルを握るのはカーマイン准将だ。車は彼の私物で、外国から取り寄せたものだと自慢していた。フェアリエに修理工場はあっても、自動車のメーカーはまだないらしい。軍のモノも輸入品だそう。
マギアほどの衝撃じゃないけど、移動手段の発明と、その普及は人類に大きな影響をもたらしたと思う。蒸気船に鉄道、自動車。どんどん早く遠くに行けるようになって、世界が縮んでいる。縮んだ世界でやることが争いなんだから、人は世界を窮屈な場所に感じ始めているのかもしれない。
私たちはフェアリエ軍施設内の病院を出て、今はあるところに向かっている。場所を変えて話した方が、記憶の回復にいいとのことだ。……医師には悪いことをしてしまった。看病してもらったのに不必要に疑ったりして。戻ったら、きちんと謝ろう。
軍に入隊すると、結論から話すことを叩き込まれる。なので准将のやり方は、やはりまどろっこしく感じる。事実を知っているのなら早く教えてほしい。そういう言葉を飲み込んで、車に揺られている。“順を追って説明する”というのだから、何か意味があるんだろう。
「着いたぞ」
准将の声で我に返った。ガラスの外側を見ると、白い石が整然と幾つも並んでいる。その光景に、自然と心拍数が上がったのを感じる。目が覚めたつもりで、私はまだ半分眠っていたのかもしれない。色はより鮮明に、音がはっきりと聞こえる。ここからが本当の現実だと言わんばかりに。
「行こうか」
「お願いします」
足がうまく動かない私は、准将が押す車椅子で墓地の中を進んでいく。「敵の襲撃を受けた」と、彼がそう言った時から、その可能性は頭のどこかで考えていた。私の未熟さが、それを無意識のうちに拒んでいたのだと思う。准将がわざわざ墓地へ連れてきたのは、その未熟さを見越してのことかもしれない。
いくつもの墓石の脇を通り、墓地の奥までやってきた。まだ埋まっていないスペースに、真新しい墓石が立っている。墓碑にはよく知っている名前が彫られている。
“エリー・ガーネット”
“スターシュ・リリウム”
“ユナ・ゼラニューム”
“ユーリア・イスマ”
隊長と、花の名前を授かった孤児たちが静かに眠っている。私を除く、イスマ隊のメンバーが姿を変えて並んでいた。
「君たちを襲った敵の目的は遺跡を爆破し、崩落させることだった。任務中のイスマ隊は運悪く崩落に巻き込まれて、瓦礫の下敷きとなった。……実はというと、この墓の下にあるのは彼女たちの遺品だけでね。彼女たちは今も遺跡の下で眠っている」
准将は淡々と、ことの次第を話した。
「……どうだい、何か思い出せたかい?」
「いいえ、何も。……何も思い出せません」
最後に見たはずの、みんなの顔を私は憶えていない。共に泣き笑いした仲間たちの姿は過去となり、未来は知らぬ間に絶たれていた。仲間を失ったというのに、悲しみや怒りは呆然と立ち尽くしている。墓石をいくら見つめても、あるのは嘘のような虚しさばかりだった。
「どうして私だけが……」
「——敵はティタニアだ」
ティタニア帝国。それはフェアリエから西方にある国で、図体がでかく厄介な隣人だった。連中は潜めていた野心を剥き出しにして、10年以上に渡る拡大政策を推し進めている。もういくつもの国が踏み荒らされ、死を逃れた弱者は従属か追放の二択を迫られた。ティタニアという名前を聞くだけで反吐が出る。
「君たち姉妹はティタニアの占領から逃れてきた難民だと聞いている。奴らは命まで奪わなかったことに、感謝を求めるだろうな。ティタニアの野心がある限り、私たちはまた失うことになる。今度は自身の命か、それとも残された家族か」
「……何をおっしゃりたいのですか?」
准将は私の感情を、あからさまに煽ろうとしている。
「共にティタニアと戦ってほしい。国と家族を守るために」
「……戦えというなら、命令すればいいでしょう」
「強大な敵と戦い抜くには、命じるだけではダメだ。強い意志がなければ勝利することはできない。例えそれが憎悪であっても、フェアリエはそれを必要としている」
憎悪で敵と戦う。失った仲間への手向にはなりそうだ。だけど、そう簡単に踏み切れはしない。妹のニュエスがいる。私に残された唯一の家族。私が戦うことを選べば、きっとニュエスもそうするだろう。妹は私と違って勇敢だ。一人で逃げろと言っても、きっと聞かない。
「ティタニアへの憎しみはあります。ただ、私にとっては妹が平穏に暮らせることの方が大事です。仲間やこの国の人たちには悪いけど、戦って妹が危険に晒されるくらいなら、私は妹と逃げます。それが私の意志です」
「逃げ続けた先に平穏があるとでも?」
「……」
その言葉に言い返す言葉が出なかった。私が逃げ続けることを選んできた結果が今なのだ。だけど、他にどうしようもなかった。背を向けなければ、あっけなく踏み潰される。逃げ続けて、あるかどうかもわからない“平穏”という言葉に縋るしか、生きる
「……戦うとして、勝算はありますか?」
「これまでは限りなくゼロに近かった。君がいれば、ゼロがイチになる」
「それを聞いて逃げたくなりました。……でも、仲間のために戦います」
「そうか。その言葉を聞けば
「姪?」
「ユーリア・イスマは私の姪なんだ。言わなかったか?」
「……初耳です」
失ったのは私だけじゃなかった。准将もまた失った者としてここに立っている。落ち着き払う准将の内に、どんな感情が渦巻いているのか。自分のことばかりの、未熟な私には及びもつかないことだ。
「雑用でも何でもやります。ティタニアに勝てるなら。……捨て駒は嫌ですが」
「正直だな。生憎、ウチには兵士を無駄にする余裕はない。しっかり働いてもらうさ」
「はい」
「それに、君にはもっと重要な役割がある」
「私に?」
「“妖精王の剣”が君を待っている」
「……?」
“妖精王の剣”が、私を? 准将の言葉の意味は図りかねた。
「さあ、あの日に何が起きたのか。記憶のピースを埋めに行こう」
そう言って、彼が車椅子を押す。彼女たちの墓が遠ざかっていく。結局、涙ひとつ流れなかった。いつか、泣ける日が来るといい。それまでは戦うために、臆病な心に力を貸してほしい。そして、みんなと同じところに私も帰ろう。
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