第5話 病院にいる
——妙な光景を見ている。
見たこともない景色が炎に呑まれて、ドス黒い煙を空に吐き出している。あたりにはマギアの残骸が散乱している。荒れ果てた世界の中心に一体のマギアが立っている。ソイツは炎と黒煙で、真っ黒に染まっている。黒いマギアの瞳が私を捉えた。その瞳に無機質な光を宿している。
次の瞬間には、くっついた
……夢、だったのか。安心した途端に頭痛がやってき来る。吐き気も続いてやってきた。二日酔いになったみたいだ。
首を動かして辺りを見回す。まず私の体がベッドに横たわっていることがわかった。周りはカーテンに仕切られていて、頭のすぐ横に棚がある。棚には鏡が置かれている。
鏡の中から、薄紫の髪をボサボサにした、血色の悪い女の顔がこちらを覗いている。手首からはチューブが伸びていて、吊り下げられた点滴のパックとつながっている。
——ここはきっと病院だ。それで、どうして病院にいるんだっけ?
病院にいるってことは怪我したか、病気になったんだろう。けど、その時のことが思い出せない。何かが起きた気がするけど、それを思い出そうと頭を捻っても、頭痛が増すばかりだった。
「失礼します」
看護婦さんがカーテンを開けて入ってきた。彼女と目が合う。すると、彼女は何も言わずにカーテンの外へ出て行った。しばらくすると、またカーテンが開いた。今度は男だ。白衣を着ているから、医者だろう。後ろにさっきの看護婦が控えている。
「目が覚めたようですね。気分はいかがですか?」
「えっと、二日酔いみたいな感じで気分が悪いです」
「そうですか。安静にしていれば、じきに治まりますよ」
後ろの看護婦が何やらメモをとり始めた。
「すみません、私はどうして病院にいるんですか? ここに来る前のこと、何も憶えていなくて」
「憶えていない……それは大変ですね。その質問にお答えする前に、私からいくつか質問してもよろしいですか?」
「はい、わかりました」
医師が看護婦に指示を出す。看護師はただ頷いて、
「まず、お名前を教えてください」
「ウィオラ・クローバーです」
「あなたの年齢は?」
「18……いや、この前19になりました」
「ご家族はいますか?」
「妹が1人います。両親はいません」
「ご職業は?」
「フェアリエ軍に所属してます。階級は二等兵」
簡単な質問が続いた。取り調べを受けているようでもある。まさか酔っ払った勢いで、誰かと喧嘩でもしたかな? ――とすれば、相手は男だろう。殴り合いの相手はきまって、女性兵士に絡む男どもだった。
「ここに来る前で、最後に憶えていることはありますか?」
「最後に憶えていること……」
人を殴った記憶はない。任務の前に隊のみんなと軽く打ち上げをして、部屋に戻ってそのまま寝たような。酒はそんなに飲まなかったはず。あんなの飲んだうちに入らない……よね?
「隊のみんな……ユーリア・イスマ隊のメンバーと店で食事をして、その後は部屋に戻って、そのまま寝ました」
「それより後のことは憶えていませんか?」
「……はい」
「わかりました」
医師は看護婦に耳打ちをする。それから彼女は部屋を出た。内緒で話を進められると落ち着かない。質問には答えたのだから、次は私の番だ。
「先生、私はどうして病院に?」
「……それは、これから来られる方に説明してもらうことになっていてね。それまで待ってほしい」
「誰が来るんですか?」
「軍の人と聞いてるよ。君のほうが詳しいと思うね」
質問に答える気はなかったわけか。……酒の飲み過ぎでここにいるわけじゃなさそうだ。
「ここが何処の病院かくらいは、教えてもらえますよね?」
「それは……」
「それも軍の人に聞いたほうがいいですか?」
言葉を探る医師だが、口をモゴモゴさせてからは黙ってしまった。何か怪しい。ここで素直に横になってはいられない。体を起こし、ベッドから降りようとする。
――しかし、足に力が入らず、倒れてしまう。チューブで繋がった手首に痛みが走る。見れば針が抜けてしまっていた。赤い点が徐々に大きくなる。
「ああ、体を動かしては危ない」
「離れて!」
医師が近づいてくるのをとっさに制する。怪しい人間に触れられたくはない。
「……何が起きている?」
声の方を見ると、いつの間にか部屋に入ってきていた軍人が、呆気にとられている。軍人の男の胸には、空を舞う妖精のエンブレムと、大きな星が1つ浮かぶ階級章があった。
・・・・・・
「はじめまして、私はカーマインだ。見ての通り軍人で准将をやらせてもらってる。よろしく、ウィオラ・クローバー」
そう名乗る男の手が差し出される。やはり私のことを知っているようだ。わざわざ将官が二等兵の見舞いに来るなんて話、聞いたことがない。カーマイン准将の手を握り返し、あえて名乗る。
「ウィオラ・クローバー二等兵です。先ほどはお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」
「医師には私から口止めをしておいたんだ。気遣いのつもりだったんだが、裏目に出てしまったようだ。すまない」
准将が頭を下げる。彼の頭髪は赤くて目立つ。深々と頭を下げるものだから、つむじがよく見えた。この頭にどんな狙いが隠れているのだろう?
「頭を上げてください准将。私は気にしていませんので」
「そう言ってくれると助かるよ」
准将は頭を上げると、手近なパイプ椅子に腰掛ける。大柄な体格に対して、パイプ椅子が子供用に見える。椅子の細い足が今にも折れそうになっている。
「言い訳をさせてもらうと、君の事情は特殊でね。少しばかり慎重が過ぎてしまった」
「私の事情、ですか?」
「君の記憶のことだよ。なぜここにいるか不思議に思っているだろう?」
目が覚めて、いきなり病室にいるのだから当然だ。准将はその理由を知っている様子。これから私の疑問に答えてくれるようだけれど、なぜ彼なのだろう? 疑問が増えてばかりだ。……とにかく、最初の疑問から始めよう。
「私はどうしてここにいるんですか?」
「その質問に答えるための私だ。ただ、事実を説明するために順を追って話したい。君に起きたことは複雑だからね。まどろっこしいと思うだろうが付き合ってほしい」
「了解です」
「質問ばかりですまないが、君の記憶を確認したい。まず、君が就く予定だった任務のことを憶えているかな?」
「たしか、予定していた任務は”
「その通りだ。そして、君たちイスマ隊は予定通りに遺跡の調査を行った。思い出せないか?」
最後の記憶はやはり自分の部屋に戻って寝たところまで。准将の言う通りなら、私は知らないうちに任務を遂行して、それを忘れていることになる。
「いえ、任務の記憶がありません」
「話を続けよう。イスマ隊は遺跡に潜り、その底で“妖精王の剣”を発見した」
「……え、あったんですか? 本当に?」
「ああ、君たちが見つけたんだ」
”妖精王の剣”……ただの御伽話じゃなかったんだ。こんなこと言うと隊長に怒られるけど、私は全く信じていなかった。
「それじゃあ、任務は成功したんですね」
「イスマ隊は目標を発見し、任務を完遂した。だが、そこで問題が起きた」
「問題?」
「敵の襲撃を受けたんだ」
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