第4話 エーテル光

 俺は中尉の言う通り、脱出をしようとしていた。そのために、囮を引き受ける中尉が動くタイミングを待っていた。だが、そこに灰色の巨人が何の前触れもなく現れた。


 警戒は怠っていなかった。この開けた地形で、敵の接近に気がつかない訳もない。撃ってきたピクシー共も奇襲をかけるために、有効射程ギリギリの距離で隠れていた。例え俺がコイツを見逃していたとしても、中尉がそれを許さなかっただろう。なら、コイツはどこから、どうやって現れた? 


 ——いや、そんなことは後で考えればいい。今はトリガーを引け! 


 思考を強制的に中断して、人差し指に力を込める。そう長くない僅かな迷いだった。しかし、有ると無いとでは決定的な差になりうる。照準が定まるまでの時間が、やけに遅く感じる。その間に灰色の巨人は中尉の襟を掴み、頭部を殴り抜いていた。“ロクスタ”の頭部が粉砕され、大小の金属片に早変わりする。


 ——ガァン! ガァン! ガァン!


 至近距離から放った砲弾が、灰色の背中に直撃。装甲の破片が飛び散り、ヤツの動きが止まる。それも束の間だった。灰色は何事もなかったかのように動き出し、中尉がいるコックピットを踏みつける。


「中尉から離れろ!!」


 ありったけの砲弾を打ち込む。この距離なら一発たりとも外しはしない。直撃のたびに灰色の装甲が弾け飛んでいく。このまま全部、削ぎ落としてやる。


 ——カシッ、カシッ。


 弾倉が空になっていた。——残弾をカウントし忘れたのか、俺は。弾倉を外し、予備を背部マウントから取り外す。まだ灰色は止まらない。ヤツはこれだけ撃たれているにもかかわらず、執拗に中尉への攻撃を続けている。こちらには見向きもしない。ヤツにパイロットがいるのなら、そいつは正気じゃない。


 だからこそ、俺は冷静になれ。弾倉の装填が完了。しかし、込められた12発の砲弾を打ち込んでも、恐らくは仕留められない。灰色の背負っている剣のようなモノが、コックピットとをカバーしている。装甲のダメージに比べて、剣には傷一つ見られない。軽量化しているとはいえ徹甲弾の直撃で無傷というのは、自分の目を疑う。


 正面には回れない。ドームの陰から踏み出せば、こちらを狙っているピクシー共に撃たれる。灰色の四肢ししへの集中攻撃も考えたが、あの剣の硬度を知ってからでは躊躇いがある。装甲は剥がせても、中のフレームが剣と同程度の硬度であるなら、攻撃は無意味になる。もし正面から攻撃するチャンスが巡ってきても、コックピットとコアの防御は最も厚いのがセオリーだ。とてもじゃないが打ち抜けない。コイツは……あまりにも未知数だ。


 ……考えは尽くした、俺はここで自分に許された選択をしなければならない。砂時計はすでに落ち切った。


「中尉、聞こえますか?」

「……ツキに見放されちまったか。博徒らしい最期ってわけだ」

「遺言があればお願いします」

「そうだなあ……アンジー」

「はい」

「親父と仲良くな。あんなのでも、お前のことが大事なんだ。俺が保証する」

「……善処します」

「あと飲み屋と賭場にツケがあるから、恩給で払っといてくれ」

「アンタって人は……今までありがとう、ジャック」

「グッドラック!」


 遺言を聞き届け、踏みつけられる“ロクスタ”の胸部に照準を定める。コックピットのやや上、そこにはマギアの動力源がある。機械の唸り声が装甲越しに聞こえる。エーテルコアの出力が急激に上昇すると、マギアの内側から響いてくるのだ。“ロクスタ”の胸部が微かに青い光を帯びる。ジャックが手筈を整えた、あとは俺の役割だ。


〈そこの灰色のマギア、今すぐ退避しろ! こうが見えないのか!〉


 敵も勘づいたようだが、もう遅い。過剰な出力により、安定を失ったエーテルは“ロクスタ”というマギアを爆弾に変えた。あとは爆弾のスイッチを押すだけでいい。——この距離だと、「外した」って言い訳は出来ないよな。……人差し指に力を込めた。


 照準の先に風穴が空く。それと同時に青い光がほとばしり、視界を染め上げる。エーテルの爆発はコアのあった場所を中心に、全てのものを外側へと吹き飛ばした。天と地が何度も逆さまになって、世界がずっと遠く、広く見えた気がした。——ああ、ジャックにもこの景色を見せてやりたかったな。


 俺は目を瞑った。たまには、こうしてサイコロを振るのも悪くない。次に目を開けた時、どんな目が出ているか。多分、今日の俺はツイている。なぜかそんな気がするんだ。

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