第2話 空が割れた

 ——フェアリエ王国領内の荒野。

「あれがターゲットか」


 双眼鏡のレンズが、ドーム状の建造物を捉える。荒地に孤立するそれは“聖櫃アーク”というには、威厳に欠けている。ただ灰色の蓋と言ったほうが伝わるだろう。


「思ったよりもみすぼらしいな」


 双眼鏡を降ろし、壮年の男が言った。


「そうですね」


 横にいる若い男は興味なさげに答える。二人の男は、小高い岩の上から辺りの様子を窺う。その背後の岩影に二体の巨大な人形が跪いている。人形は物も言わず、ただ無機物としてそこにある。


「反応薄いな、もっと喜べよ。もう少しで帰れるんだぞ」

「嬉しいですよ。リスクだけ立派な任務が、ようやく終わるんですから」


 若い男は双眼鏡を除いたまま、皮肉な笑みを浮かべる。


「不貞腐れるなよアンジー、この任務でお前の評価は確かなものになるぞ」

「そうだといいですね。……敵影なし、やるなら今です」

「よし、追っ手が来ないうちに片付けちまおう」


 二人は岩から降りて、背後の人形に近づく。開いた胸部に乗り込むと、胸部が閉じて二人の姿が硬質の肌に隠れた。そして、人形の内から唸り声のような音が発せられ、次第に強まっていく。


出力、安定。いけます」

「了解した。——任務開始!」


 人形はパイロットを得て、人型兵器“マギア”となった。マギアは立ち上がり、地面を蹴る。地響きと共に大きな影が荒野を跳ねた。二体は真っ直ぐに“聖櫃アーク”へと向かっている。


 ・・・・・・


「……今、何か音がしなかった?」

 

 唐突にエリーが言う。


「どんな音?」

「地鳴りみたいな音がしたような気がするの」


 私には何も聞こえなかった。こんなところで地鳴りなんて聞くとゾッとしない。地震が起きたら、この古い穴が持つかどうか。生き埋めになる前に、さっさとここを出たい。


「悪い冗談はやめてよ、ただでさえ不気味なのに」


 イタズラだと思ったのか、近くで聞いていたユナが非難する。どんな時もマイペースなユナは、珍しく落ち着きがない。その原因はアレだろう。


 円形の穴の底、北方の壁際に灰色の巨人が跪いている。あれこそ王家に伝わる“妖精王の剣”。その正体は私たちがマギアと呼んでいる人型兵器だった。


 私たちがマギアを見るのは、これが初めてじゃない。地上ではすでに夥しい数のマギアが製造され、戦場に配備されている。

 軍の試験では必ず、マギアへのがあるか否かも試される。適合性があれば、すぐにでもマギア部隊に引っ張っていかれるそうだ。


 マギアの力は圧倒的だ。従来の兵器はマギアの登場と同時に、ほぼ無力化された。デカい人形が分厚い装甲を纏って走り回るんだ。歩兵の銃や大砲ではどうにもならない。登場以来、マギアは力の象徴となり、これまで以上の暴力と支配を地上にもたらしている。


 もはやマギア抜きでは、自国の防衛が成り立たないため、私たちのいる国、フェアリエ王国も諸外国と同様にマギアを導入を進めている。単純にマギアを求めるなら、軍で作るか、高い金を払って企業に発注すればいい。

 マギアだからこそ、王家と軍は古い御伽噺に希望を見出し、墓を暴くことにしたのだ。


「ダメだ、反応しない。コックピットを開けるのは無理か」


 隊長が疲れた声で言う。調査は難航しているようだ。


 積み下ろした大型の照明で、穴の底は視界に不自由しない明るさになった。青白い明かりが、マギアの全身を照らし出す。灰色の装甲は長い年月のせいで、風化しているように見える。姿形は標準的な人型そのもので、拍子抜けするくらい特徴がない。あえて挙げるなら、細身で曲線的なことくらいか。


 対して背負っている長大な剣のようなモノは、異様な存在感を放っていた。


原型オリジンのマギアなんて初めてだね!」

「うん、そうだね」


 感心するエリーの横で、私はユナの言う気味の悪さを感じていた。外見ではない、あのマギア自身が纏う雰囲気というのか。目に見えない何かが、本能に訴えかけている。


 マギアと言う時は普通、現代で製造されている模倣品レプリカを指す。一方、原型オリジンはこうして地下から発掘される。


 マギアは現代人が発明したモノではない。それはからの贈り物で、我々はその劣化品を生み出しているに過ぎない。——と、教官が興奮しながら話していたのを思い出す。 “妖精王の剣”も旧文明が置いていったモノの一つなのだろう。


「アレ、動くと思う?」


 エリーに尋ねる。


「全身は揃ってるし損傷も軽そう。もしかしたら動くかもね。起動する原型オリジンなんてことになったら、大発見だよ!」


「おい、お前たち。喋ってないで手伝え」


 隊長がお呼びだ。「了解!」と愛想よく返事して、駆け足。お偉いさんのために、いい感じの角度からオリジナルの写真を撮る。重い撮影機を持って走り回った。最後に正面からアップで撮影する。目らしき空洞は光がなくうつろだ。


 ——ドゴォン!!!


 その時、大きな音が響いた。それと共に、頭上からの衝撃が壁のようにしかかる。体は硬直し、脳が揺れている。何が起きたか、考えを巡らすこともできない。周りを見ると、隊のみんなも同じようだった。


 いや、隊長だけは違っていた。何かを叫んでいる。しかし、鼓膜が揺れて聞き取れない。


「……しろ!!」


 徐々に聴覚が戻ってくる。


「全員、壁際に退避しろ!!」


 隊長の言葉の通りに動こうとした。けれど、体はまだ怯んでいて動けやしない。


 ——ドゴォン!!!


 再び衝撃が走った。夜が明けるように、穴の底が突然、明るくなっていく。どうにか動く首だけを上に向けた。最後に見たのは、割れた天井から光が差す光景だった。

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