第121話 現代版源氏物語

家族で来たのが1回、小学校の行事で来たのが1回、私が京都に来たのはこれが3回目になる。


小学校の時なんてさすがにお寺に興味はないし、家族で来た時も有名どころを少し回ったくらいだった。ある程度物分かりがつく年齢になって京都にやってきたのはこれが初めてかもしれない。


もちろん来た目的は明日のインターハイなんだけれど、その翌日、俊くんと京都を巡れると思うと私の心は高鳴った。その時、俊くんがインターハイチャンピオンになっていたらもっといいな……。


京都駅からタクシーに乗っていると、車窓からお寺の五重塔が見える。歌舞くんが後ろの座席に入らないから助手席に、後列に私、俊くん、裕二くんの並びで座った。


「そういえば歌舞くん、今日泊まるところはなんていうところなの?」

「ああ、まだ言ってなかったわね。『ホテル・クイーン&プリンセス』ってところよ」


なんだかどこかで聞いたことがあるような旅館の名前だなぁ……。


「おいカブ、それ、三重のあの旅館の系列じゃないよな?」


同じことを思ったのか、俊くんが歌舞くんを問い詰めた。


「お客さんたち、クイーン&プリンセスに行かれはるんですか?あそこはなかなかいい旅館ですわ」


運転手のおじさんの笑い声が車内に響く。良かった、今度はまともなところみたい。



運転手さんの言う通り、『ホテル・クイーン&プリンセス』はなかなか立派な建物だった。白い外装の12階建て、広いロビーに中庭まである。


歌舞くんがチェックインする間に、ロビーに掲げられた私たちはホテルの館内案内図に目を通していく。


「ねえねえ俊くん、屋上に露天風呂もあるみたいだよ。大浴場も広そうだし、ゆっくり休めるね!」

「最初旅館の名前を聞いた時は三重のアレを思い出したけど、こっちはまともそうだね……」

「……私も、正直あの旅館思い出しちゃった」


私と俊くんはお互い同じことを考えていたことに対して苦笑し合った。


「あら、家族風呂なんかあるわよ?白鳥ちゃん、家族風呂、予約しておく?」

「しません!まだ早いです!」


チェックインから戻ってきて私をからかう歌舞くんに、思わず強い口調で返してしまった。


よく考えたら「まだ早い」はミスだったなぁ……。『いずれは一緒に入る』という意味だから、俊くんもそれに気づいて顔を真っ赤にしている。ごめんね俊くん、やらかしちゃって。いつか……家族風呂に一緒に入ろうね……。


今回は三重の合宿の時とは違って、私と俊くんはそれぞれ個室だった。なんなら杉森先生を含めて5人全員同じ階だけど違う部屋。


「あら?今回も俊と同じ部屋が良かった?アナタたちを一緒の部屋にしたら俊が眠れなくなるでしょう?さすがに今回はインターハイ直前だし、違う部屋で我慢して頂戴。その代わり白鳥ちゃんが俊の部屋にコッソリ行く分には目をつぶってあげるわ」


ウインクする歌舞くんに私は思わず口をとがらせる。


「そんなことしないよ!……夜、ちょっと行くかもしれないケド……」

「あら、夜這い?現代版源氏物語かしら」


フフフと笑いながら鍵を渡してくる彼に、なんだか掌で転がされているような感覚を受けた私はプンスカ怒って、歌舞くんのバッグを軽く蹴ってしまった。


合宿の時とは違って、今回は料理は作らなくてもいい。本当なら明日の大会に向けて私が料理を作りたいところだったけれど、さすがにホテルの厨房を借りるわけにもいかないし、明日の大会に向けて3人ともほとんど食事を摂らない状況ということもあって、今回私の出番はなかった。


私の仕事といえば、みんなの洗濯物をホテルのコインランドリーで洗ったり、ホテル近くのインターハイ会場脇にある公園での練習補助くらい。


午後は俊くんたちの練習に付き合って、柔軟やシャドーボクシングを眺めて過ごす。

会場の隣の公園だけあって、全国から多くのボクシング部員と思われる男の人たちが歩いていた。


何人かに声を掛けられたけれど、歌舞くんと俊くんがすぐに追い返してくれるからありがたい。


声を掛けてきた側は「歌舞だ……」「あのインターハイチャンプの女豹……」「モンスター……」と口々に言って去っていった。


「もう、バラって呼んでほしいわ」と言いながら、歌舞くんはプリプリ怒っていた。

女豹なんて二つ名で呼ばれている高校生、歌舞くんぐらいじゃない?



夕方、最後に4人で会場の下見へ行く。歌舞くんのヘビー級、俊くんのバンタム級、裕二くんのフライ級は明日1日で終わるスケジュール。


すでに今日行われた階級では優勝者が決まったようで、表彰式が行われていた。明日、3人ともこの舞台に立っていてほしいと心の底から願う。


ホテルへの帰り道、歌舞くんから明日のスケジュールについて簡単な説明を受けていく。3人とも交互に試合があるから、交互に休むことになる。リング脇のスペースで私はタオルや水分を用意する係。


あとたぶん居眠りするであろう杉森先生を起こすという、どう考えてもいらなさそうな仕事も回ってきた。


奥さんの林葉先生がいればこんなことはしなくていいんだろうけれど、林葉先生は自分の仕事もあって、今回京都まではついてこれないらしい。


そもそも杉森先生は今日集合だとも知らずに寝坊していたけど、京都までたどり着いているんだろうか?もはや顧問の体をなしていないあのオジサン教師を思い浮かべると、なんだか腹が立ってくる。


曇天で直射日光はなかったとはいえ、蒸した外気により汗をかいた私は夕食の前に大浴場へ向かった。12階建てのホテルの3階の男女別の大浴場入口前で俊くんと別れ、女湯の暖簾をくぐる。


時間が早かった影響か、女性用大浴場にはまだ誰も入っていなかった。


これが男湯だったら結構混雑しているんだろうな。女子ボクシングの日程はまた違うみたいだし、それこそ会場近くのこのホテルの女性用大浴場を利用するのは顧問の先生とか、親御さんとか、関係者の皆さんくらいだろう。


ガランとした脱衣所は結構広いスペースで、大体2、30畳くらいの大きさを誇っている。脇にはカゴの入った棚がズラリと並び、50人くらいは使えそう。ここにいるのは私一人だから、なんだか得した気分になる。


しかし1人の時間はすぐに終わりを告げた。ちょうど汗で湿った服を脱ぎだした頃、2人目のお客さんが脱衣場に入ってきたのだ。


背は私と同じくらいで高くもなく低くもなく、同世代っぽい雰囲気がある。肩まで伸びた黒髪は見た目にサラサラ、整った横顔からたぶん美人さんなんだろうなと推測する。


「ん?なんか私の顔についてます?」


黒髪の彼女が私の視線に気づいたようで、不思議そうに尋ねてきた。思わず見てしまったことを詫びると、彼女は笑って許してくれた。


「私たち、2人だけで大浴場独占みたいですね」


にこやかに笑う彼女は、正面から見るとやっぱりかなりの美人さんだった。

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