第60話 大好きな彼女と京都に行こう

そのままリング上で始まった表彰式も終わり、俺がトロフィーと賞状を手にリングを降りると、満面の笑顔をたたえた遥と、不機嫌そうな顔の腐れ縁が出迎える。


「俊くん!やったね、京都だ!」

「遥とさっき約束したからね。必死だったよ」

「俊くんならきっと約束守ってくれると信じてたよ!」


そう言うと遥は俺の腕にしがみついてくる。見つめ合い、甘い雰囲気になったところで、彼女の隣にいた不機嫌そうな顔の腐れ縁のゴリラが口を開いた。


「はいはい、続きはホテルでやって頂戴」

「「ホ、ホテル!?」」


声を揃え、仲良く顔を真っ赤にする俺たちを見て、カブが呆れるような目線を向け、口を尖らせる。


「まったくもう……。ひどい目に遭ったわ。アナタの試合中、興奮したのか分からないけどずーっと白鳥ちゃんがアタシの左腕を叩いてくるのよ。おかげで腕がパンパン」

「あ、ご、ごめんなさい……」


遥が申し訳なさそうな顔でゴリラに向かって頭を下げた。なんとなく俺も謝らないといけない気がして頭を下げる。


カブは「嫁の所業は旦那の責任チョップ!」と言って、俺の頭に右の手刀を叩き込んできたのだが、これがかなり痛い。美栄といいカブといい、お前ら全国チャンプなんだからチョップももう少し力の加減をしろよ。


「まあ、優勝したことに免じて今日はこれくらいにしておいてあげるわ。もし準優勝だったら埋めてやるところだったわ……」


物騒なことをブツブツ言いだす腐れ縁だが、少し嬉しそうに口角を緩めていた。なんだかんだで嬉しいんだろう。……この1年、迷惑と心配をかけたな、カブ。心の中で俺は詫びる。そこで俺は、カブの親父である会長の姿が見えないことに気づいた。


「おいカブ、会長はどこに行ったんだ?」

「ああ、パパは俊の試合が終わるかどうかってところで、会場から出ていったわよ。『野暮用ができた』なんて言って。弟子の祝福もしないで出ていくなんて、困った人」


カブがプリプリ怒り出したところで、卓、そしてクールビューティー井上さんが祝福の言葉をかけてくる。


「薬師寺氏!信じていましたぞ!薬師寺氏の快進撃はまるで日本海海戦の連合艦隊のようでしたな!」


ごめん卓、いつの話を引き合いに出しているのかちょっとよく分からない。それ、今から100年以上前の話だよね?


「や、薬師寺くん、おめでとう……」


顔を少し赤らめた井上さんにも祝福された。今日、緊張していたのが彼女はずっと俯いていたから、初めて彼女の顔をちゃんと見た気がする。


「薬師寺!おめでとう!うちの学年の子からまた県大会覇者が出て、私も鼻が高いわ!」


顔を少し上気させた林葉先生にも祝福される。どうやら試合に興奮したらしい。左腕が小刻みに動いてジャブを打つような体勢を取っていた。


もう一人の引率教師である杉森先生はというと、まだ近くのパイプ椅子に座って、のんきにあくびしていた。


「ちょっと!あなた担任でしょ!受け持ってる子が優勝したのよ!なんか言いなさいよ!」

「ああん……?あー、薬師寺、うん。良かったな」


ほぼ棒読みのような、抑揚のない声に、林葉先生が怒って杉森先生が座るパイプ椅子をガンガン蹴り始めた。そんな林葉先生を、女子剣道部の井上さんが後ろから必死に抑えてなだめる。


「ひどい態度ねおスギ……。アナタには失望したわ……」

「……歌舞よ、俺はこれでも嬉しいんだぞ。薬師寺良かったなあって、心の中で思ってる」

「その祝福の気持ち、ありがたく金銭でいただくわ。今日の打ち上げはおスギのおごりで焼肉よ」

「歌舞よ……お前は俺の先月の給料がいくらか知っているか……?」

「今月頑張って元を取りなさいな」

「教師の給料は出来高制じゃねえんだけどなあ……」


渋々言う杉森先生をみんなで笑いながら、俺の高校2年生のインターハイ県大会は幕を下ろした。




今年のインターハイ県大会、京和学園ボクシング部は非常にいい成績を残した。ヘビー級のカブ、そしてバンタム級の俺が優勝。俺が優勝を決めた後の試合で、フライ級の裕二も優勝。


全員で7人のボクシング部から3人も県大会覇者が出たのだから、快挙と言ってもいいだろう。特にカブは昨年のインターハイ覇者でもあり、今回の県大会もすべての試合で一方的な内容だったことから新聞やテレビの取材も受けていた。


こんなゴリラをテレビの地上波に出していいものか俺は疑問だが、カブも慣れたもので淡々とコメントする。


俺も地元紙から優勝の喜びの声について聞かれた。さすがに「大好きな彼女と京都に行こうと約束したので頑張りました」なんて言えないから、終始無難に応えていたのものの、終盤にカブが「超絶かわいい彼女のために頑張ったのよ、この子」なんて紹介したことで、付き合ってる子の話まで聞かれてしまった。


もちろん紙面には載せないとのことだったが、取材用のレコーダーに向けて遥のことを話すのは恐ろしく気恥ずかしく、最後のほうは顔がもう熱くなってしまい、余計なことを口にした腐れ縁を恨めし気に見ながら取材を終える。


準々決勝敗退となった徳山先輩もだいぶ落ち着きを取り戻したようで、3年間お疲れ様ですと頭を下げる1年生たち一人一人に声をかけ、励ましていた。


徳山先輩を倒し引退に追い込んだ裕二は先輩に対して泣いていたが、「これも勝負の世界だから」と先輩に優しく諭されると、裕二は頭を深々と下げ、先輩に対して感謝の言葉を口にする。


荷物をまとめ、遥と卓、教師陣以外は大きなバッグを抱えながら仲良くおしゃべりして就く帰途は、行きに掛かった時間の半分くらいの時間に感じられた。


最初のほうは俺も楽しく会話に参加していたものの、疲労からか電車に乗って数分で睡魔に襲われ、電車内の記憶はほとんどない。気づいたら俺の家の最寄り駅のホームに滑り込んでいた。


「まったく、電車の中でずっと白鳥ちゃんにモタれかかって、口を開けて寝てるんだから。見てられなかったわ、もう」

「眩しい光景でしたぞ薬師寺氏!シベリア準特急エピソード32、針葉樹林に沈む夕日をバックに、列車の中でウオッカの飲み過ぎで倒れていた主人公セルゲイを思い出しましたぞ!」


腐れ縁2人はホームで次々に声を掛けてくる。いや卓、部活の大会の疲れとウオッカの飲み過ぎを同じ扱いにしないでくれない?


一方、遥は電車から降りてもずっと顔を赤くしていた。どうやら電車の中で俺がずっと彼女にモタれ掛かり寝ていたことをイジられて、恥ずかしがっているらしい。


「ご、ごめんね遥……ずっとモタれ掛かって寝ちゃって……」

「う、ううん……。俊くんが疲れていたのもよく分かるし、なんか一緒に、隣で寝てるような気がして嬉しかったというか……あっ」


そこまで言って自分の失言に気づいた彼女が口を押さえて俯き、耳まで真っ赤にさせていた。俺の彼女、白鳥遥は今日もいつも通りかわいい。

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