第16話 横綱、土俵入り


安いには安い理由があるものだ。高校生は1ゲーム破格の200円という近所のボウリング場は、3年ほど前に来た時と何も変わらずボロいままだった。どうやって採算が取れているんだここ。


屋根には錆びた大きなピンがテレビのアンテナのように立っている築4、50年くらい経った場所で、中も壁は剥がれかけ、ピンも汚れが目立つ。


裏手には公園があって、こちらもまた遊具の汚れが目立っていた。建物の陰ということもあって全体的に暗い雰囲気の公園が、よりこの近辺の空気を暗くする。


「今にも……落ちてきそうだね……」


屋根のピンを見た白鳥さんが心配そうな顔で言っていた。


ラックにかけてあるタオルは、ガソリンスタンドに置いてあるタオルのように黒ずんでいる。床も汚れているし、ところどころヒビ割れしてもいる。


昔の映画に出てきそうなボウリング場は、隣町にある真新しいボウリング場とはまるで違う競技を行う施設だった。初デートでこんな廃墟みたいなところに来て大丈夫なのかな?



そんな俺の心配はどこ吹く風、一緒にやってきた黒髪の女の子は目を輝かせながらボールを選んでいる。


「白鳥さんはボウリングよく来るの?」

「うーん、正直、全然……。今日が人生で2度目」

「中学校のクラスの打ち上げとかで来なかったの?」

「毎回カラオケとかなんだよね。ボウリングはなかなか来なくてさ。しかも私、運動神経は良くないからむしろカラオケで良かったなーって」


ボウリングに運動神経が必要なんだろうか。よく分からないが、俺はなんとなくへえなんて声を出して話をまとめる。


並んだ8つのレーンの一番奥、壁際の椅子に荷物を置いて、俺たちはボールを選んだ。俺は11ポンド。彼女は8ポンドのボールを選択。頭上のモニターを見上げると、2人の名前が並んでいた。


『シュン』

『ハルカ』


上下に並んだカタカナの名前を見て、俺の頬が少し赤くなった。隣同士はなんだか恥ずかしい。


「俊くんはどのくらい点数出してるの?そもそもボウリングの満点っていくつ?」

「ボウリングは1ゲーム300点満点かな。俺は120くらいいけばいいかなってところ」

「それって凄いの?」

「全然だよ。上手いヤツは200近くは出せるし、もっと凄い人は普通に200点を超えてくる」

「そ、そうなんだ……」


横から話しかけてきた彼女は、不思議そうな表情で俺の話を聞いていた。なんだか様子がおかしい。どうかしたんだろうか?



中学生以来ということもあって、俺のボウリングの勘はだいぶ鈍っていた。そもそも鈍るほどの勘があるほどやっているかというと、そうでもないんだけど。俺の1投目は右に逸れ、なんとか端の2本を倒し、そのままレーンの奥に吸い込まれる。


客は俺たち2人だけ、事実上の貸し切りだったから、ピンの倒れる音がよく響く。2投目も右に逸れてしまった。倒れたのは計5本。まあ、普段やっていない人間が3年ぶりにボウリングをやったらこんなものだろう。


椅子のほうに戻ろうとすると、白いワンピースを揺らした白鳥さんが、緊張の面持ちでボールを抱えていた。


「し、白鳥さん、そんなに緊張しなくてもいいんじゃないかな?」

「……ううん、本当に久々だし、2回目だから勝手もよく分からないし」

「難しいことを考えなくて大丈夫だよ、奥のピンに当てて倒すだけなんだから」

「う、うん……」


それができたら苦労しないのよと言わんばかりの表情を浮かべて彼女は頷く。そして、1歩ずつレーンに近づくと、なんだか挙動不審な動きを始めた。


「し、白鳥さん……?」

「あっ、ごめん俊くん……投げ方もよくわかんなくて……」


見れば、片手で投げようとしてはまた手を戻して、その動きを繰り返してバランスを崩したりしている。


「大丈夫だよ、試しにボールを離して!」


俺は後ろから声をかける。


「んっ……!」


一呼吸置いて彼女はボールを離した。まっすぐどころか、右隣の誰も使っていない無人のレーンにボールが転がっていく。


「あ……」


無人のレーンをボールが転がりきり、奥に吸い込まれるのを確認してから、彼女は真っ赤な顔でこちらを振り向いた。


「み、見なかったことにして」

「りょ、了解……」


隣のレーンに戻ってきた緑色のボールを取りに行き、再度レーンの前に戻ってきた白鳥さんは、何か考えるように動きを止めた。


そして次の瞬間、両手でボールを持つと、膝を落とし、胸前から股の間にボールを持ってきて、「ふん!」と言いながら、そのまま両手でボールを転がした。


俺は夕方のテレビでこの光景を見たことがあった。まるで横綱土俵入りのような体勢をとっている。


ノロノロと、それなりにまっすぐ転がったボールは、スパットの頂点部分を通過し、ピンスポットに近づいていく。白鳥さんは膝を落としたまま、両手を胸前に戻し、祈るようなポーズでボールの様子を眺める。


祈りが通じたのかボールは1番ピンに当たり、ドミノ倒しのように倒れ、左端に2本のピンを残してレーンの奥へ消えていった。


「や、やったあ!」


膝を落とし、相撲の横綱の土俵入りのような体勢を取っていた白鳥さんが顔だけこっちを振り返る。満面の笑みが目に入って俺の顔が熱くなった。


白いワンピースを着た彼女も、おおよそ清純派の女の子とは思えない体勢を取っていることに気づいた瞬間、顔を赤くしこちらから目をそらした。かわいいかよ……。




何だかんだボウリングは楽しかった。最初は両手で投げていた白鳥さんも、俺が拙い知識で教えると、最後のほうでは何とか片手で投げられるようになっていた。ぎこちない動きだが、本人が楽しそうだからまあいいだろう。


教えている途中、間違えて右手が重なってしまい、白鳥さんがボールを落としそうになった。あのままボールが俺の足元に落ちていたら、貸しシューズを履いた俺の足の骨にヒビが入っていたと思う。


2ゲームやると、時間はもう17時近くになっていた。


「そろそろ駅に戻ろうか?白鳥さんは時間大丈夫?」

「う、うん!大丈夫だよ、今日は一日予定がないから。……俊くんともっといた……あっ」

「……え?」

「う、ううん、なんでもない!俊くんがデートのお金全部もってくれてありがたかったなあって思っただけ!そろそろ行こっか。どこかでご飯食べていかない?」


俺はその前の白鳥さんの発言の最後が頭に残って、ごはんにお誘いの話をよく聞いていなかった。フリーズしていると、彼女が隣から言葉を続ける。


「もしもーし……俊くーん……ごはん食べに行きませんかー……」


左手を見ると、首を少しかしげながら、上目遣いでこちらを見てご飯に誘ってくる超絶かわいい天使がいた。俺、初めて天使に会ったかもしれない。天使って、空想上の生き物じゃなかったんだな。


「あ、いいねごはん……」


と俺が言い終わる前に彼女の顔が青くなっていく。


「そ、そうだ……私、家に財布忘れてきたんだった……」


白鳥さんは俺が想像していた何倍も天然で、何十倍もかわいい。

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