第12話 目の前の優しい旦那さん


顔を赤くした店員さんが俺たちの後ろ姿を見送る。あまりにも甘い光景を見せられて赤面してしまったようだ。こちらもなんだか仕事の邪魔をした気がして、なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。


お詫びにソファでも買っていきたいのはヤマヤマなのだが、目の前のソファは値段が20万。いつかまた2人で来る時があれば、このソファを買おうと、俺は心の中で誓う。


見送られた俺たちはダイニングテーブルのコーナーにやってきた。いかにもらしい木でできたものもあれば、オシャレな大理石でできたものまで、種類は幅広い。


その中の一つ、白い塗装がされた長方形のダイニングテーブルに、俺たちは椅子を引いて、向かい合って座った。


「う~ん、冷た~い」


白鳥さんが気持ち良さそうに机をなでる。


「高さもちょうどいいし、これウチに欲しいなあ」

「いいんじゃない?でも結構大きいよ。白鳥さんの家のダイニングのサイズに合いそう?」

「うーん、入ると思うんだけど、今私とお姉ちゃんしか住んでないから……みんなで住むようになったらいいかも」

「あ、今2人で暮らしてるんだ」

「ん、そうそう。お父さんが去年から大阪赴任になってさ。お母さんもついていって、妹たち2人もまだ小さいって理由で一緒についていったの。だからお姉ちゃんと2人でアパート暮らし」

「へえ。小さい妹さんがいたことも知らなかった」

「そうよー。お姉ちゃんは今年ハタチで、私は次女。3番目が今年中学1年生で、一番下の子がまだ幼稚園の年少さんなの。かーわいいの、これが!」


はにかむような笑顔を見せながら言う白鳥さん、あなたが一番かわいいです。すると白鳥さんが近くにあった子ども用の椅子の存在に気付く。


「あ、この椅子、唯が使ってるやつだ」

「唯?」

「ああ、一番下の妹。ちょうどこの椅子使ってるんだ。お母さんにだっこしてもらって座らせてもらってさ、フォークを持って『ごはんまだぁ?』って催促するの。かわいいんだぁ~」


白鳥さんは懐かしむような視線で茶色の椅子を見つめていた。ここから大阪までは新幹線などを乗り継いで2時間ほど。すぐに行ける場所でもなく、あまり会えていないのだろう。


懐かしむ表情の合間に寂しさがのぞいている。と、その時、白鳥さんはふと立ち上がって、子ども用の椅子を両手で持って移動させ始めた。


疑問に思う俺を横目に、彼女はそのまま向かい合う俺たちのちょうど真ん中に椅子を持ってくると、再度自分の椅子に座り、誰も座っていない子ども用の椅子に、まるで誰かが座っているかのような目を向ける。


妹に会えない寂しい気持ちがこの行動を引き起こしていると思うと、俺の心がキュっとなった。


しばらく眺めていた彼女が、手を伸ばした。まるで、食べ物をこぼしてしまった子どもの頬を拭くように……。母性に満ち溢れたその姿を、俺はただただボーっと見つめる。その視線に気づいた彼女の顔が急に赤くなる。


「あ、ごめん!妹のことを思い出して……」

「いや、いいよ。なかなか会えないんでしょう?寂しいよね」

「……うん、そうだね。仕方ないんだけどね。私が高校に受かった後にお父さんの異動も決まっちゃったし。一瞬、唯がごはんを食べてる姿を想像しちゃった」

「そうなる気持ちも分かるよ。なるべく早く、一緒にごはん、食べれるといいね」

「ありがとう。そう言ってくれるだけで嬉しいな」


白鳥さんが優しい笑みを浮かべて俺を見る。こんなかわいい人がいるんだな。俺の心臓が爆発しそうなくらい高鳴る。そんな白鳥さんがまた視線を俺から子ども用の椅子に移した。


「私、この椅子の配置好きかも」

「配置?」

「うん。将来さ、自分の子どもが私が作った料理をこぼしながら頑張って食べるの。それを私がここから手を伸ばして拭いてさ。目の前には優しい旦那さんが笑いかけてくれていて……。あっ違うの!今唯の顔が浮かんでちょっと色々想像しちゃっただけ……!」


旦那さんポジションに座っていた俺の耳には、彼女の弁解の声が入ってこなかった。


目の前……。旦那さん……。


俺の思考は停止した。停止させた張本人である目の前の彼女は、顔を真っ赤にしながら、自身も電池が切れたロボットのように動きを停止させていた。インテリアショップってこんなやりとりをする場所なんだっけ?

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