第11話 シングルベッドで2人
「駅前の中京インテリアに行こうと思うんだ!」
時計台から少し歩いて信号を渡ろうとした時、彼女はそう言った。え?初デートでインテリアショップ?俺の頭に?マークが何個も浮かぶ。いや、俺は嬉しいけど、デートだったら映画とか、カラオケとかじゃないの?
そんな疑問が浮かぶも、彼女と手を繋いでいるという事実があまりにも強過ぎて、俺の口から疑問が飛び出さずに終わる。
待ち合わせ場所から手を繋いで数分、ようやく『手を繋いでいる』という現実に気づいた彼女は俺から手を離し、まるで穴があったら入りたいと言わんばかりに、真っ赤な顔を手で覆っていた。
いくら顔が小さいとはいえ、小さな手は彼女の顔を覆いつくせない。少しだけ見える目がかわいい。深呼吸するようにして少し落ち着いた彼女と会話を紡いでいく。
「中京インテリアさ、実は俺も行きたかったんだよ……」
これは事実だ。インテリアショップ巡りが好きな俺にとって、かわいい彼女の提案は魅力的以外の何物でもない。
「ぐ、偶然だね!私もずっと行きたくて!ベッドが見たくてさ……!」
何か焦った様子で彼女は、再度俺の手を握ってきた。柔らかい手の圧は、改めて初デートで白鳥遥と手を繋いでいるという、今のありえない状況が現実であることを俺に教えてくる。
すれ違う男たちが思わず見とれてしまうほどの美貌。何度も教室で目で追っていた憧れの女の子と、俺は今、手を繋いで歩いている。周りの視線が突き刺さる。足が思うように前に出ていかない。
「どうかした?」
腰を少し曲げて、上目遣いで尋ねてくる彼女。ここで進まなきゃ男じゃないよな。俺はブンブンと首を降り、足に力を込めて再度歩き出した。
駅前の中京インテリアは規模としては郊外のインテリアショップに比べると小ぶりだが、それでもデパートの5階をまるまる占めており、品ぞろえとしては十分だった。
インテリアショップで家具を見ることが趣味の俺にとっては夢の国と言ってもいい。冷房の効いた店内で俺のテンションが上がる。
「私、久々にこういうお店来たかも」
エスカレーターを降りた彼女が目を輝かせていた。ほんと、どういう表情でもかわいいね、この子。
「普通は来ないかもね。引っ越しとかの前なら別だけど、高校生だけで来ることはそうないよね」
「俊くんはインテリアショップが好きなの?」
「俺の数少ない趣味の一つなんだよ。もちろん家具を見て回るのも好きなんだけど、この木の匂いが落ち着くんだ」
「へえ~。確かに。なんか落ち着く匂いかも。うん、いい香り!」
でも今の俺は、さわやかな笑みを浮かべる彼女から漂ってくる甘い匂いのほうにしか気が回らないんだけどね。気を抜くとすぐに膝の力が抜けて、地面に倒れるんじゃないかと思うくらいの、暴力的ないい香りだ。
オレンジ?柑橘系の香りだと思う。カブもよくシャンプーの匂いを漂わせているが、比べものにならない。比較しちゃいけない。魅力的な香りにクラクラしながら歩くと、ベッドコーナーに辿り着く。
「し、白鳥さんは新しいベッドが欲しいの?」
「う、うん、そうかもしれない」
ん?そうかもしれない?彼女からよく分からない答えが返ってくる。彼女の視線が定まっていない。
「で、でもこうやって色々なベッドを見るのは新鮮だよね!うわ、このベッド大きい…!」
何かをごまかすように目を泳がせる白鳥さん。そんな横顔もかわいい。かわいらしい横顔が目に入ったことで、俺もついドキっとして声が震えてしまった。
「キ、キングサイズか。こ、これは部屋に入らないよ……」
「さすがに入らないかぁ。こんなベッドで横になって、ゴロゴロ転がったら最高なんだろうなあ……」
「あはは、ダブルベッド以上のサイズは憧れる気持ちは分かるよ」
俺はそう返すと、彼女が無邪気に笑って、憧れるような視線をベッドに向けながら呟いた。
「このくらいのサイズのベッドなら一緒に寝られるね!……あっ」
口にした言葉を途中で飲み込んだ彼女の顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
たぶん本人も無意識に言ってしまったのだろうが、先日の教室での一件といい、彼女は無意識にとんでもない爆弾を落としてくることが多い。そして投下された側の俺の顔もまた熱くなる。
「え、ええと……うん、一人で寝れる今のベッドもいいなって……」
誤魔化すように笑った彼女の視線が再度泳いだ。自爆してそのかわいらしい顔はズルいよ。
「そ、そうだよね。まだシングルベッドもいいなって俺も思うよ」
俺もなんとか誤魔化すように言葉を紡いだが、そこに、彼女は再度爆弾を投げ込んできた。
「う、うん。でもシングルベッドだと2人で一緒に寝ると狭い……あ、でも逆に密着でき……」
何かに気づいてそれ以上言葉を発しなくなった彼女の顔は、もう赤を超えた何か違う色になるんじゃないかと思うほどの色に染まっていた。何かがパンクしそうな顔になっている。
お互い顔をそらし、無言の時間が1分ほど続いた。俺はドジっ子な彼女を侮っていたのかもしれない。ベッドコーナーにいるのは危険だということを、お互いが無意識に感じたのだろう。手を繋ぎながら、自然と隣のコーナーに足を向けていた。
ベッドコーナーの隣のソファコーナーは1人用からファミリータイプまで、様々なソファが20個ほど並んでおり、なかなか圧巻の光景だった。
ベッドコーナーの一件でお互い言葉をかけることができず、無言のままソファーを眺めていると、近くにいた女性の店員さんが声を掛けてくる。
「ソファをお探しですか?同棲されるのであれば2人用のこちらのソファがオススメですよ~」
「へぅ!?」
左隣の白鳥さんから変な声が漏れる。俺の思考はフリーズした。左手から白鳥さんの心臓の音が聞こえるようだ。エイトビートどころの話じゃない。和太鼓演奏のクライマックスのような連打が、彼女の右手、そして俺の左手を通して伝わってくる。
「あ、恋人さんだと思いまして……申し訳ありません……」
20代前半かな。まだ入社してそんなに経っていない印象の女性店員さんが、何度も頭を下げて謝ってくる。
「あ、謝っていただかなくても大丈夫です!いずれそうなる予定ですので!」
彼女がごまかすように返した。そして、言い終わるかどうかのところで、自分が何を言ってしまったか気づいて、俺から顔を背ける。耳まで真っ赤になっている。
この子は本当に……。俺の心臓はさっきから落ち着くタイミングを完全に失っている。
「あ、そうなんですね!試しに座ってみませんか?」
付き合っていると勘違いした店員さんは俺の顔を見ながら勧めてきた。促された以上、白鳥さんの手を離し、俺は勧められたソファに座ってみる。
確かに、いい座り心地。サイズもいい。少し高級感漂う黒皮のソファに、俺は体を預けた。
「え、私も座る!」
そんなことを言いながら白鳥さんが俺の右側の空いているスペースに腰を下ろす。2人用ソファに、間隔も空けずに俺たちは隣り合う。
「ん!いいね、柔らかい。座り心地もいいし、眠くなってきそう……」
そう言うと白鳥さんは体の重心を傾け、左側にいる俺に体を預けてきた。たぶん左側に俺がいることを忘れていたのだろう。
「あ~、このソファ気持ちい……あっ!」
彼女の柔らかい体が俺の右肩にしっかりとした感触を残したところで、白鳥さんは自分が何をやってしまったのか気づき、すぐに逆方向に体を動かした。
急に動かし過ぎたことでバランスを崩し、彼女はそのままソファから落ちそうになってしまった。思わず俺は白鳥さんの左手を掴む。
掴まれた彼女の手が震えている。顔を見ると、口がパクパクと動いていた。たぶん俺も同じような顔をしているのだろう。
ヤバい、俺死ぬかもしれない。インテリアショップのソファに座りながら、17年間の人生に幕を下ろしそうなんだけど。
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