第2章 野イチゴと甘い吐息~恋する乙女の休日~
第10話 かわいいが服を着ている
迎えた土曜日。5月半ばとは思えない暑さの中、俺は最寄り駅に向かって歩いた。
待ち合わせの時間は13時。カブが「女の子はデートの準備に時間が掛かるわ。あまり早い時間に待ち合わせをすると負担になるの」というアドバイスを受け、昼過ぎの待ち合わせの予定になっている。
火曜の夜、登録していなかったLIMEアカウントから連絡がやってきた。
『白鳥遥です
土曜日、よろしくね』
2行の文字を見ただけで、心臓が口から飛び出るかと思った。1年以上片思いを続けてきた女の子から、突然の連絡。夢じゃないかと思わず自分の頬を叩く。痛い。
どう返事をしたものか……。ひとり悩みながら枕に顔を埋める。これがカブだったら『りょ』とか『り』とか、ひらがな2文字で終わるのに……。
ウンウン唸りながら5分。既読を付けてしまっている以上、早めに返さなければ白鳥さんに申し訳ない。
『よろしくお願いします』
悩んだ末に送った10文字のメッセージ。サラリーマンかよ、俺。そんな温度も感じない文章にすぐに返信がきた。かわいいアライグマのキャラクターのスタンプがこちらに手を振っている。かわいいかよ……。
あの時のLIMEのやり取りを思い出して、俺は思わずニヤける。そしてそんな彼女とデートするというのに、自分の今までの行いを呪っていた。
今日の俺の服装は一般的なデニムに紺色のポロシャツ。これから学校イチの美少女とデートするっていうのにこんな量産型な格好はないよなと自分でも思うが、なにせ俺の手持ちは少ない。普段から自分で服を買いに行かず、母さん頼みのツケが出てしまっている。
それにしても暑い。天気予報では今日の最高気温は30度近いって言ってたっけ。地球温暖化の影響かな。なんてことを考えながら歩いていると、最寄り駅に到着した。
白鳥さんから「行きたいところがあるの」と言われたことで、集合場所はウチの最寄り駅の前。彼女の家は、ここから学校とは逆方向に3駅ほどらしい。
集合時間の15分前、余裕を持って駅にたどり着くと、待ち合わせ場所の白い時計台の前に、白いワンピースを身にまとった女の子の姿を確認した。
遠目からでも目を引く雰囲気。近づくにつれて分かる圧倒的なスタイル。靴まで白で統一された服装が、彼女の周りだけまるで別の空間を構成している。通り過ぎる男たちがチラチラと見ているのが分かる。
その視線を避けるようにこちらを見た白鳥さんが、僕が近づいてきたことに気づいて、小さく手を振ってきた。
かわいいが服を着ている。かわいいかよ……。こんな子と今日、デートするのだ。
信じられない。何かのドッキリじゃないのか?カメラが仕込まれていないか、思わず周りを見渡してしまった。カブが看板を持って出てこないかと思ったものの、ゴリラが出てくる気配はない。これはドッキリじゃないらしい。
「お、遅くなってごめん」
「大丈夫、私もさっき着いたばかりだし、まだ15分前だよ?」
微笑む彼女が眩しい。白いワンピースから覗く白い二の腕が眩しい。おろした長い艶のある黒髪が肩甲骨の少し下まで伸びている。小さな顔を綻ばせ、ニッコリ笑った彼女が白い歯を見せる。眩しい。
「かわいいよ……」
あまりにかわいいその姿を見て、俺は思わずつぶやいてしまった。その呟きを耳にした目の前の白いワンピースの女の子の顔と、ワンピースから覗く腕が一気に赤くなっていく。
「あ、ありがと、や……ううん、俊くん……」
「しゅ、俊くん……?」
思わず聞き返してしまった。俊くん。さて、誰のことだろう。後ろに誰か古い知り合いでもいるのかな?そう思って後ろを見返そうとした時に、俺は自分の名前が俊であることに気づいた。
「な、名前で呼んでくれるんだ」
「あ、ごめん……嫌だった?」
上目遣いでたずねてくる目の前の女の子の顔を見て、思わず俺の顔も熱くなる。い、嫌ではないんだけど、突然名前で呼ばれるとは思ってなかったから心構えができてなくて……。
「う、嬉しいよ。とても嬉しい。なんか……グっと来た」
「フフっ、なら良かった!」
白鳥さんが太陽のような笑顔をこちらに向ける。なんてかわいいんだろう。今日この子とデートするのがまだ夢かドッキリじゃないかと思う。
「じゃあ行こっか俊くん!」
太陽のような笑顔の美少女は、左手を伸ばして俺の右手を捕まえ、引っ張るように歩き出した。学園イチの美少女である白鳥さんが俺と手を繋いでいる。その事実を咀嚼するまでしばらく時間を要した。
え?白鳥さん何してくれてるの?俺の疑問は口から出ることなく、彼女にただただ手を引っ張られ1歩ずつ歩を進めていく。
引っ張る彼女の顔は耳まで真っ赤。たぶん俺も耳まで真っ赤なんだろうな。感情が目まぐるしく脳内で暴れまわる。現実を受け止めきれない。
声が出ない。腕を引っ張られ、手を引く彼女に付いていくのに精いっぱいだった。今、俺の心にはまったく余裕がない。
周りにいた男たちの悔し気な、恨めし気な表情も、数多くの視線にも、心に余裕がない俺はまったく気がつかなかった。
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