第9話 歌舞くんはエスパーかな?
初めて男の子をデートに誘った。しかも、手を握りながら。自分がこんな恐ろしいことをできるなんて考えてもみなかった。
嫌だったわけじゃない。むしろ誘いたかった。当然、みんなの前で誘ったわけだから周りの子たちからも質問攻めに遭う。
「付き合ってるの?」「好きなの?」なんて質問もたくさんされてそのたびに否定したんだけど、否定するたびに私の心をチクっと何かが刺す。
昨日、助けられてから頭には薬師寺くんの顔しか浮かばない。夕食の時も、お風呂に入っている時も、頭の中には薬師寺くんがいる。宿題に手をつけていた今この時も、頭の中には薬師寺くんがいる。
私、どうしちゃったんだろう……。これが恋?そんなものしたことがないからこの感情の名前が分からない。でも、彼と……本当に付き合えるならいいのにと思う。
時計の針が夜10時を指すかどうかの頃。机の端に置いていたスマホが震えた。
電話?画面に浮かんでいるのは『歌舞武史』の文字。歌舞くんから電話なんて、1年前の春に連絡先を交換してから初めてのことだった。
初めて会った時はちょっと怖かったけど、フランクで、誰にでも分け隔てなく接する歌舞くんとはすぐに連絡先を交換することができたんだっけ。
『こんばんわ。ごめんなさいね、俊のことを考えている時間を邪魔しちゃって』
「え、い、いや、そんな考えてないよ!宿題してたから!」
『そうだったかしら。どうせ今日、帰り道も、夕食の時も、お風呂の時も、今も、ずっと俊のことが頭に浮かんでいるんでしょう?』
歌舞くんはエスパーかな?
『先にこれだけは謝らせて頂戴。ごめんなさいね。アタシが出した条件だったとはいえ、クラスメイトのみんなの前で手を握ってデートに誘わせちゃって』
「う、ううん、OKもらえて良かったよ」
体格が大きくて見た目は怖いけど、歌舞くんはこういうところが律儀だ。半ば強引にけしかけたことを反省しているんだろうな。
『しかしまあ、昨日俊がアナタを助けたことを、アナタがみんなの前で言いだしそうになった時はアタシも焦ったわ』
「うう……ごめん……」
そうだった、私は昨日約束したばかりのことを早くも破ろうとしてしまったんだ。助けられたのはみんなに内緒。じゃないと俊くんに迷惑が掛かってしまう。そんなことを考えていると、再び俊くんが頭の中に浮かんできて、また顔が熱くなる。
『この微妙な間。さては白鳥ちゃん、今この時も俊のこと考えてるわね?』
「な、なんで分かるの!?」
『ビンゴ♡』
そこでようやく私はカマをかけられたことに気づく。こうやってカマをかけられるとすぐ引っかかるのが私の悪いところだ。
「もう……歌舞くんのイジワル!……でもさ、無事デートOKしてくれて、一緒に遊べるようになって良かった……。私、受けてくれないと思ってたから……」
『白鳥ちゃんからデートに誘われて断らないオトコはいないわよ。アナタ、素材がもの凄いんだからもっと自信持ちなさいな』
「えぇ……。でも私、男の人がそんなに得意じゃないんだ。いつも顔を見られたり、体を見られているような気がしてさ」
『男なんて欲望の塊が服を着て歩いているようなものよ。でも俊は違うわ。アナタを助けた後、俊はアナタの顔を見た?体をなめまわすように見た?』
「……見なかった。視線をそらして逃げた」
『そういうことよ。あのあがり症が美女の顔をじっくり見れるわけないんだから』
歌舞くんが電話の奥で笑う。美女と言われて恥ずかしくなった私は、耳まで熱くなる。
「でも歌舞くん、私デートの経験もないんだよ?どこに行ったらいいか分かんないし、俊くんの迷惑になるんじゃないかな……それでお礼になるの?」
『おバカさん。最初は誰だって経験がないものよ。男なんて握ればすぐにおとなしくなって付いてくるようになるわ』
「に、握る!?」
『手よ』
「あ、手か……!そうだよね!」
焦った私はスマホを落としそうになった。
『何を握ると思ったのかしら……。白鳥ちゃんは可愛い勘違いが多いわよね。まあいいわ。いいこと?土曜日、アナタはまず俊の手を握りなさい。手を繋いで行動するのよ』
「え?ずっと手を繋ぐの?人前で?」
『人前でないところで手を繋ぐのもいいけど……そうなると場所はホテルかお互いの自宅になるわねぇ』
「ホ……歌舞くんのバカ!真面目に相談してるのっ!」
『ごめんなさいね、面白いからちょっとからかっちゃったわ』
もう!からかうような歌舞くんの言葉に私は頬を膨らませた。でも話ながら、ちょっとだけホテルで2人きりの姿も妄想したり、しなかったり……
『真面目な話、土曜は手を繋いで行動しなさいな』
「さすがに……人前でいきなりそれはハードルが高いと言いますか……」
『あら、白鳥ちゃん。あなた昨日私たちに……』
「や、やります!手を繋がせていただきます!」
そうだった、私には最初から選択権はなかったんだった。いや、男の子と手を繋いだデート、憧れではあるんだけどさ……。
『いいお返事よ。手を繋いだら、まず駅近くのインテリアショップに行きなさい』
「インテリアショップに……?なんで?」
デートなんだからもっといい場所があるだろう。映画館、ショッピング、ちょっと足を延ばして動物園に水族館。歌舞くんの口から出てきた意外な場所に、私の頭の中には?マークが浮かんだ。
『俊が好きだからよ。あの子、ああ見えて家具を眺めるのが好きなのよ』
「そ、そうなんだ……。でもいきなり家具屋さんに連れて行って変じゃないかな?」
『大丈夫よ。「昔から使ってる部屋のベッドが古くて寝心地悪くなったから、新しいベッドが見たい」とか言って引っ張っていきなさい』
あまり高校生らしからぬ趣味だと思うが、なんだかちょっと俊くんに合う気もして、私はクスっと笑う。
『何笑っちゃってるのよ。まあいいわ。インテリアショップに行った後は一緒にパンケーキを食べに行くこと。そのインテリアショップから商店街を少し行くと、ちょっと古びたいい感じのカフェがあるわ。そこのパンケーキが絶品なのよ』
「ということは、薬師寺くんはパンケーキが好きっていうこと?」
『ご明察。話が早いわね。俊はパンケーキが好きよ。まもなく大会が近くなって食べられなくなるから、その前に食べに連れていってちょうだい。私、パンケーキ好きだから今から食べに行こうって言ってね。女の子がパンケーキ好きなのは別に不自然な話じゃないわ。自然な感じで行けるはずよ』
「……分かりました。その後は?」
『ボウリングね。俊の趣味よ。近所じゃ「ターキー俊」なんて二つ名もあるんだから』
正直その二つ名はダサくない?しかも歌舞くんの声がどことなく嘘っぽいような……。
『ちなみにこの二つ名、近所のみんなが言っているだけで本人には内緒よ?』
「私、ボウリングってほとんど行ったことがないんだけど……」
『いい機会じゃないの。手取り足取り教えてもらいなさい』
今手取り足取り、密着されながら教えてもらったらもう心臓が爆発しそう……。部屋の鏡に映った自分の顔は真っ赤に染まっていた。
『ああ、白鳥ちゃん。手取り足取り密着されている妄想をしているところ悪いんだけど』
「はひ!?」
声が裏返る。歌舞くんは本当にエスパーかもしれない。心を読まれ過ぎている。
『デート中はずっと手を繋ぐだけでなく、「俊くん」って名前で呼ぶようにね』
「はひ!?」
再び声が裏返った。え、名前呼び?さすがにそれは早くない?まだデート誘ったばかりで、ちゃんと話したこともほとんどないんだよ?
『何を言ってるの。今時小学生でも男女2人で遊ぶ時は名前で呼んだり手を繋ぐ時代よ。人通りの多いところで、手を繋いで、「俊くん!」って声をかけてあげなさい』
「恥ずかしい……」
『白鳥ちゃん、昨日あな……』
「ハイ、俊くんって呼びます!私から手を繋ぎます!腕も組んじゃいます!」
『別にそこまではいいけど、公衆の面前で名前呼びと手を繋ぐのは徹底して頂戴ね』
「分かった……頑張る……!」
『いいお返事よ白鳥ちゃん。待ち合わせ時間は俊と相談してね』
歌舞くんにそう言われてからようやく気づいた。私、薬師寺くんの連絡先、知らない……。
「ねえ、歌舞くん、そういえば私、薬師寺くんの連絡先、分かんない……」
『まだ交換もしてなかったの?アナタそんな状態でよく俊をデートに誘ったわね。あと呼び方はシ ュ ン く ん!いいこと?電話が終わったら俊の連絡先もLIMEするわ』
「う、うん、ありがと」
『土曜日、応援しているわ。そろそろ夜も遅いからこれくらいにしておくわね。夜、頭の中に俊を思い浮かべて眠れなくならないように』
「大丈夫です!じゃあ!」
半ば強引に電話を切っちゃった……。溜め息をつきながらスマホの画面を見つめていると、すぐに歌舞くんからLIMEがきた。
『薬師寺 俊』という文字がスマホに浮かんだ瞬間、心臓がドキドキする。震える指でタップして、彼の連絡先を登録する。これが本当の恋の感情なの……?
その晩。私は夢を見た。知らない部屋で、俊くんと2人きり。布団の上で、並んで座っている。
「脱がせて、いい?」
「うん、優しくお願い……」
彼はそう言って、私の上着を脱がせる。お気に入りの水色のブラジャーのホックを外されようとしたその時、目覚まし時計の音で私は目が覚めた。
え、夢?現実の話じゃないよね?
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