第7話 罰ゲーム扱いのデート

俺は自分の容姿が大して優れていないことに気付いている。良くて平均ってところだろう。背は170cm少し。極端に高いわけでもない。


部活が部活だから筋肉質だし、スタイル自体はいいだろうが、顔の良し悪しという意味では決して良しの部類ではないはずだ。


カブはイケメンだと言ってくれるが、アイツの判断基準はなんの参考にもならない。髪の毛をいじっているわけでもないし、ファッションにだって無頓着。


休日着ているのは母さんが量販店で買ってきたもの。別にそれで充分だったからことさら新しい服が欲しいとも思わない。オシャレもしない無頓着の俺にデートなんて、遠い世界の話だって、そう思っていた。


そんな俺が今、学校で一番かわいいって言われている子にデートに誘われている。しかも、手を握られながら。


周囲の男どもの視線が痛い。あ、これは絶対この後囲まれるやつだね。思わずお茶を吹きかけてしまったカブに胸倉を掴まれ、意識が薄くなる中で俺は思考を巡らせる。


しばらくしてカブがようやく手を離した。あと30秒でも胸倉を絞められていたら俺は確実に昇天していただろう。そんな俺の左手はまだ白鳥さんが握ったまま。痛みの残る胸元を右手でさする。感覚がある。どうやら夢じゃないようだ。


「え、なんで俺をデートに誘うの?」

「え……なんでって、だって昨日……」

「白鳥ちゃん、昨日から俊のことが気になりだしたのね?」


カブが白鳥さんにウインクする。おいゴリラ、やめろって。お前のウインクで昨日一人の男が泡吹いて倒れただろ。


「あ、そう!そうなの!昨日から薬師寺くんのことが好きになっちゃっ……あっ、違うの、昨日から薬師寺くんとすき焼きが食べたい……なあって……」


途中から早口だった分、昨日からの先がよく聞き取れなかったが、言い終わった彼女は耳の先まで赤くなっている。よく分からんが、かわいいかよ……。



そこで近くの男どもがようやく現実の世界に戻ってきた。


「白鳥さんが……薬師寺をデートに誘った?」

「や、薬師寺を……?顔も成績も全部平均点のあの……?」


うるせえな、どうせ俺は全部平均点だよ。失礼極まりないねこの男たちは。


「えええ!遥ちゃんが薬師寺をデートに誘った!」

「あ、あの全部が平均の薬師寺くんを……!?」


周りの女子たちも事態を飲み込んだようで口々に騒ぎだす。いやだからあなたたち、だいぶ失礼だからね?事実そうなんだけれどさ。


「え、遥、薬師寺くんのことが好きだったの!?」


その時、白鳥さんの後ろから、ショートカットの美少女が顔をのぞかせる。井上麻友いのうえ まゆ。白鳥さんの親友であり、女子剣道部の部長。鋭い目つき、凛とした雰囲気。そして高身長。


クールビューティーが服を着たようなこの美女は、白鳥さんさえいなければ学年一の美少女の名を欲しいままにしていただろう。


「麻友!!違う!違わないけど違う!」

「え、どっち……」


え、今白鳥さん、違わないって言った?俺の聞き間違い?思わず、彼女を凝視してしまった。


「フフっ、白鳥ちゃん、アナタ、ついに俊の魅力に気づいちゃったのね……遅いと言いたいくらいだけど、気づいたことを褒めたいわ。俊の男としての魅力に気づいた同士として、アナタを歓迎するわよ」

「おいゴリラ、いちいち気持ち悪く言い換えるのやめない?」


俺もようやくある程度冷静さを取り戻しつつあった。ゴリラにツッコむくらいの余裕が生まれていた。


「でもさ、なんで突然薬師寺くんなの?遥、接点があるわけじゃないでしょ」

「あー……うん、ないけど、うん、気になったの!突然!昨日のネットに出てた占いで、『ボクシングをやっている人と接点を持つと幸運が訪れます』って書いてあって……」


白鳥さんの言い訳は傍から見ている俺からしてもだいぶ苦しい。「それじゃアタシかもしれないわよ」なんて言って、胸元から筋肉が見える大男がからかうように笑う。ああ、カブのヤツ、これは完全に楽しんでるな。


「うーん……でも薬師寺くんかぁ……」

「麻友ちゃん、アナタはまだ俊の魅力に気付いていないだけよ……アナタは薬師寺俊を何も知らない……」

「いや、私も薬師寺くんが優しくていいヤツだってことくらいは知ってるけどさ、いくらなんでも突然過ぎると思って」

「乙女が恋に落ちるなんて一瞬の話よ。私は俊の体と心を知り尽くしているわ。そんな私から見ても、俊はとっても魅力的なんだから」

「やめろゴリラ、みんなの誤解を招く」

「あら、アタシはあなたのことを知り尽くしているわ。それこそお尻のチャーミングなホクロのポジションまで知ってるわよ?オリオン座みたいな配置のホクロをね……」


その会話を聞いていた白鳥さんが、なぜか小さな声をあげた。


「あ、白鳥さん、これ、カブの冗談だから。オネエジョークだから」

「あ、うん……お尻にホクロがある男の子もかわいいと思うよ!わ、私、お尻にホクロがある男の子に憧れてたの!」


目の前の美女がなぜか必死にフォローしてくるが、ダメだ、白鳥さんは錯乱して自分が何を言っているのか分かってない。そして俺の左手はまだ彼女に握られたままだ。


「だからってさ、接点もない男の子を急にデートに誘うなんて遥らしくないよ」


井上さんが至極まっとうな疑問をぶつけてくる。うん、俺もそう思う。井上さんは知らないだろうが、俺は彼女を危ないところから助けた。それにしてもいきなりデートに誘われるとは思わなかった。


「フフフ、アタシ、白鳥ちゃんとちょっとお話ししてね。白鳥ちゃんに罰ゲームとして、俊とデートするよう言ったの」


おい、初耳だぞゴリラ。どういう経緯で彼女にそんな罰ゲームをやらせることになったんだ。俺が疑いの目をカブに向けると、悪戯っぽい笑みを浮かべたゴリラが更に口を開く。


「それはそうと俊、顔を真っ赤にしたレディが、相手の手まで握ってデートのお誘いをしているんだから、男だったら応えてあげないとダメよ」

「あ……そうだよな……」


すっかり忘れていた。突然の夢のような出来事に遭遇した上、あがり症の俺はクラスメイトの視線を一身に集めたこともあって、脳みその思考回路はショートしていた。


「白鳥ちゃん、俊は今週の土曜、暇よ」

「なんでお前が俺の予定を知ってるんだよ。いや、俺は土曜ジムで練習が……」

「ああ、心配しないで頂戴。土曜の練習はナシ、中止になったわ」


なぜか、いつの間にか俺の土曜の予定が消える。そこにクールビューティーが話に割って入った。


「え、ボクシング部の活動は?」

「麻友ちゃん、我が部は土日の学校での部活動も禁止♡日本一ホワイトな運動部を目指してるんだから♡」

「え、そんなノリで全国行ってるとかマジ……?」


剣道部の主将として休日も多くの部員を引っ張るクールビューティが引いている。カブが部長になってから、土日の『学校での』部活動がなくなった。「日本一ホワイトな部活を目指すわよ」なんて言って、学校での活動は週4、居残りも禁止されている。


他の運動部の顧問の先生たちはみんな、ボクシング部の顧問になりたがっているらしい。そりゃそうだよな、部活は週4で、しかも休日出勤もなしなのに、全国大会覇者がいるんだから……。


「や、薬師寺くん、なら土曜日、デートでいい……?」


上目遣いで、真っ赤な顔をした白鳥さんが話しかけてくる。かわいいかよ。あまりのかわいさに頭が錯乱していた俺はほぼ無意識のまま答えた。


「う、うん……俺で良ければ……」

「あ、ありがとうね。ごめんねこんな人前で!」


白鳥さんはそう言うと、耳まで真っ赤にしながら離れていく。俺の左手にやわらかい手の感触だけ残った。これ当分、手、洗わなくていいよね?


そんなことを思っていると、周りから冷たい、刺すような視線を浴びていることに気づく。そうだ、俺たちはこのやり取りを、大半のクラスメイトの前でやってしまったのだ。男どもは今にも殴りかかろうかという表情を俺に向けている。


女子たちは小声でささやきながら、俺のほうを見ていた。中には顔を赤くしている子さえいる。


「やりましたな薬師寺氏!ロシアの文豪、トルストイの『甘酸っぱい青春は突然やってくる』という名言を思い出しましたぞ!」


左隣から、中学からの同級生である八重樫卓やえがし たくが声をかけてきた。今時珍しい丸眼鏡をかけたこの細身の少し背の高い男との付き合いも長い。


口癖は真面目な顔をして言う、『ロシアの文豪が~と言っていた』。俺はトルストイについて名前しか知らないが、トルストイが絶対そんなことを言っていないことは分かる。


溜め息をつきながら、俺は改めて今の出来事が夢じゃないかと、右手で自分の頬をつねるのだった。左手には、未だにやわらかい感触が残っていた。


当然その後は俺も白鳥さんも周りからの質問攻めにあっていたが、カブの「アタシの決めた罰ゲームに文句ある子猫ちゃんは、今すぐアタシのところに来なさい!」という一喝で、俺たちの周りから散った。

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