第6話 私と、デートしてくれない……?

「美女にお茶を吹きかけるなんて、いい度胸じゃない……?」


歌舞くんが怒ったような口調で薬師寺くんの胸倉を掴んでいた。


(言っちゃった……)


自分の顔がみるみるうちに赤くなっているであろうことを自覚する。一方、言われた側の薬師寺くんは口をパクパクさせて、事態を呑み込めていないみたい。単純に歌舞くんに胸倉を掴まれて呼吸困難に陥っているからかもしれないけど。


私は自分の容姿が優れていることに気付いている。これまで数えきれないくらい告白を受けてきた。それこそ街中でモデルのスカウトもされたことがある。


でも、『レンアイ』がなんなのかはハッキリ分かっていなかった私は、これまでの告白も全部お断りさせてもらっていた。


中学時代気になる男の子がいなかったわけでもないけれど、それが恋と呼べるほどの現象なのか分からないまま、違う学校になったりして疎遠になっていた。


そんな私が、初めて男の子をデートに誘った。自分でも信じられない話だった。


昨日、歌舞くんに駅まで送ってもらう時に、助けてもらったお礼として、薬師寺くんをクラスのみんなの前でデートに誘いなさいと言われた後、歌舞くんは続けて、私に3つの条件を出してきた。


「1つ目。まず今日起きたことは誰にも言わないコト。クラスメイトはもちろん、白鳥ちゃん、アナタの親友にも」

「え……?」

「考えてもみなさいな。私は手を出してないけれど、俊は手を出してしまった。あの子だってまもなく地区大会があるの、アナタを助けるためだったとはいえ、部活動の場以外で人を殴った事実に変わりはないわ。出場停止、もしくは部活停止……なんてこともありえるわねぇ」


歌舞くんが手を広げて、少しオーバーなアクションをとる。そう言われて私は一気に危機感に襲われてしまう。


「そんな……私を助けてくれただけなのに……」

「実際の事実がどうであれ、噂には尾ひれがつくものよ。だから白鳥ちゃんはまず、今回のことを黙っていること」


そうだよね……。俊くんが大会に出られないなんてことになったら私の責任だもんね……。


「分かった。今日のことは友達にしゃべらない」

「いいお返事ね白鳥ちゃん。では次の条件を出すわ。2つ目。いいこと?『クラスのみんなの前』で、『なるべく目立つように』誘って頂戴」

「み、みんなの前で!?」


驚きのあまり私は固まった。私はそもそも彼とそこまで話したことがないのに、みんなの前でなんてハードルが高過ぎる。


「連絡先を交換してから、LIMEとかでやっちゃダメ……?」

「ダーメ♡みんなの前でやって頂戴。アナタが俊の手を握ってデートにでも誘えば、男どもから怒号が飛ぶかもしれないわね……フフフ…」


歌舞くんは不敵な笑みを浮かべて周囲を見渡しつつ、何か悪いことを考えていた。その目つきに気付いた周りの通行人の男の人たちが、蛇に見つかった時のカエルのようになって震えている。大丈夫、皆さん食べられたりはしないと思いますよ。たぶん……。


「で、でもさ、みんなの前で、まだ付き合ってもないのにお誘いしたら、周りのみんなが騒いだり、不審に思うんじゃない?」


まっとうと思われる正論を私は繰り出すが、歌舞くんは止まらない。


「大丈夫、アタシが助け舟を出すから。なんとかなるわ」


歌舞くんの助け舟が腕力を使った実力行使じゃないといいんだけど……。


「でも私、まだ男の子の手なんて握ったこともないよ……」

「あら?白鳥ちゃん。さっき、誰がアナタのことを助けたんですっけ……?」

「ンッ……」


そうだった、私に選択権はないんだった。俯く私を見て、歌舞くんが苦笑いしていた。


「別に俊をそのまま自宅にお持ち帰りして食べなさいなんて言っているわけじゃないわ。アナタがちょっと勇気を出してくれれば済む話なのよ」

「普通に誘うだけじゃダメかな?」

「ダメよ。目立つことに意味があるの。俊の弱点はあがり症。すぐ周りの目を気にして逃げようとするわ。アナタが周りの目を彼に向けさせれば、少し変わるかもしれない。荒療治だけど、これしかないわ」

「ええと……私、できるか分からないんだけど……」

「できるわ。白鳥ちゃん、アナタ今、恋する乙女の目になってるから」


ええええ?恋する乙女の目???うろたえた私はすぐに手鏡を出して自分の顔を確認した。赤くなってるけど、目の違いまでは分からない。


「違いが分からないって顔ね。アタシはこういう細かい表情の違いに敏感なの。アナタ、さっき助けられたことで俊に惚れたわね」

「そんなの分かんないよ……まだちゃんと話したこともないんだよ……」

「恋に落ちる瞬間なんて一瞬よ。特に、怖い思いをした直後にカッコいい男の子に助けられたら、乙女は誰だって恋に落ちるわ。もちろんアタシだって恋に落ちる」

「歌舞くんが誰かに助けられる時が来るとは思えないんだけど……」


マンガに出てくるような大柄で筋肉質な男を目の前にして、思わずつぶやいてしまった。


「なんだか失礼な言葉が聞こえてきたわね白鳥ちゃん。いいからアナタは明日、俊の手を握って、周りの視線を一身に集めてデートに誘いなさい。そして3つ目。俊のこと、大事にしてあげて頂戴な」

「え……?」

「あの子はアタシのソウルメイトでもあり、私の大恩人なのよ。俊の幸せは私が誰より願っているわ。本来アタシが何とかするのが筋。でもアタシは彼の弱点を克服できていない。これもまた事実。白鳥ちゃん、アナタ今日、アタシにも助けられているわよね?その貸し、これで返してくれないかしら」


私が2人の手によって助かったのは事実だ。仮にこの2人がやってこなかったらと思うと、背筋が凍る。


「……分かった。歌舞くんの狙いがイマイチ分からないけど、助けられた恩もあるから……やってみる。助け舟、出してよね?」


そう言って、私は送ってもらったことのお礼を言うと、駅を後にした。以上が昨日の夕方の話。


そして今、私は目の前の男の子をデートに誘っている。あ、手を握るんだった……。昨日言われたことを思い出した私は、自分の手を伸ばして、彼の手を握る。そしてもう一度、意を決して声をかけた。


「私と、デートしてくれない……?」


薬師寺くんは固まっていた。口から漏れた魂のようなものを、私は見た。周りの男子たちの口からも、魂のようなものが漏れていたような気がした。

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