第2話 黒騎士を超叱る
謎の角少女に声をかけていたら、黒騎士に追いつかれてしまった。
でかい馬にのった黒騎士はヘルメットを脱いで、こちらを見た。
「待ちたまえよ、異世界の人。そう、怯えるものではない」
女性であった。
金髪で蒼い目で肌が白い。
いわゆる女騎士!
だけど、その甲冑は黒いので、悪者の可能性は捨てきれない。
「私は、騎士アンリエッタ。魔王軍に組してはいるが、
あ、この人、嘘を付いた。
なんだか知らないけど、直感的にわかる。
この人は人間では無い。
なんだか、嘘を付いた声は、ザリッとした嫌な感じの響きになる。
「勇者に嘘は通じぬぞ、魔王軍の」
「君は黙っていてくれないかな。私は彼と喋っているんだよ。卑しい竜種に発言の許可を与えた覚えはないよ」
「おお、怖い怖い」
角の少女はおどけたような口調でそう言った。
彼女の言葉には、嫌な感じは無い。
「魔王軍でもね、異世界から来たお客さんの知識や能力を大事にしてるのさ。どうだろう、私と一緒に砦に来てくれないか、
「歓迎はしないのなら、何をするんだろう?」
「は、決まっておろう、お主を食べるのじゃよ」
「黙れと言ったぞ、竜種……」
一瞬銀光が跳ねると、少女の乗っていた岩がすぱりと切り裂かれていた。
気がつくと、少女は、僕の自転車の荷台にちょこんと座っていた。
「ちっ、以外にすばしこい」
苛立った表情で黒騎士は抜いた剣を鞘に収めた。
「おお、怖い怖い、気が短いのお」
なんか、なんだか、僕の胸の奥で、もやもやと燃える物がある。
ああ、これは、そうか。
怒りだ。
嘘を付き、少女の命を消そうと攻撃を加えて来た、黒騎士への怒りだ。
「しかたが無い、生きたまま喰いたい所だったが、殺して連れて行くか」
そう言うと、黒騎士の顔がぐにゃりと蠢いて、オオカミの形に変わっていく。
「抵抗してもいいぞ、あははは、できるならなっ!」
「ちょっとまて、お前」
「な、なんだ?」
「お前は、なんで嘘を付くんだ?」
「それはだな、その、抵抗無く連れて行けばだな、その、真実を知って、ショックを受けて騒ぐ姿も楽しいし……」
「人を騙して楽しいのか、お前は……」
ふざけんなよ、こいつ。
僕の胸の中で怒りの炎がめらめらと燃え上がる。
平気で嘘を付くなんて、それじゃあ、僕のお母さんと一緒じゃ無いかっ。
「だ、騙されたと気がついた、奴らの顔を見ると、その、なんだか、自分が偉くなった気分がしまして、だから、その、私は……」
「ほお、まさかと思うたが、なるほどのう……」
「それは、お前にとって正しい事なのかっ」
「た、正しくは無いでしょうけれども、その、みんなやってる事ですので、そんなにお怒りになられる事とは……」
「黙れっ!!」
黒騎士は、びくんと体を震わせた。
「人に嘘をついたら良く無いだろっ」
「え、でも、魔王軍というのはそういう組織ですし、正直だなんて、今時、美徳にもならないんですよっ」
「それでもっ! 嘘を付くのは良く無いっ! 恥を知れっ、それでも騎士かっ!」
ハッとしたように、黒騎士はまばたいた。
「ど、どうして、貴様なぞに怒られなければならんのだっ! ふ、ふざける……。ふざけないでくださいよ……」
僕は自転車を降りて、黒騎士と対峙した。
なぜだか恐怖は無かった。
それは僕の中の怒りの炎で焼かれて、蒸発するみたいに消えていた。
ただただ、目の前の卑怯未練な女騎士が腹立たしい。
「お、お前は、私になにか術を仕掛けたのかっ!」
「してないっ!」
「そ、そうですか、でも、そんな、おかしいなあ、人間みたいな劣等種に、なんで私は怯えているのですか?」
「しらないっ!」
「あ、足がガクガクするんですよ、そ、それで貴方の顔を見ると、なんだか怖くて、歯の根があわないぐらいガチガチいってます」
いつの間にか、オオカミの顔は、元の綺麗な娘の顔へと変化していた。
その綺麗な顔は、青ざめ、恐怖の色を浮かべている。
僕はというと、下っ腹のあたりがやけに熱い。
そこから火が噴き出して、背骨にそって上がり、頭に打ち込まれている、そんな感じに怒りでぐらぐらしている。目の前が真っ赤になるぐらいの憤怒だ。
「おまえは強いんだろっ、僕なんかよりずっと、それなのになぜ、卑劣な事をするんだっ!」
「そ、それは、その、騙されて、安心しきった姿を見ると、その、心地良いというか、自分よりもずっと惨めな姿になって、すごく勝った気になるからです、はい」
「それは、勝ちでもなんでもないっ! ただの自分の弱さの投影であって、強さでもなんでもないっ!! お前は、それだけの物理的な強さを持ちながら、心根はネズミのように臆病で、怯懦な、糞野郎だっ!!」
「そ、そんな事は無いっ! 私は、私は、
「黙れっ!! そんなけちくさい手段が誇り高い訳がないっ!! 真の強さとは、敵を認め、弱者にも全力で手を抜かない、そんな気持ちの事だっ!! そして、お前は魔族ではないっ!!」
「ちがうっ!! 私は
「お前は間違っているっ!! 自分に嘘を付いている!! だからそんな卑しい真似をして、平気な顔をしているんだっ!!」
「嘘なぞっ、嘘なぞついてませんっ!! 私は、私は、
僕は振り返り、角の女の子に聞いてみる。
「獣人族は魔族なのか?」
「はっ、獣人族は魔族に支配されている。召使いみたいなものじゃな」
「ちがうっ! ちがうっ!! ふざけるなっ!! ふざけるな貴様らっ!!」
僕は背中から槍を下ろして、構える。
とはいえ、槍なんか使った事がないから、バットを持つようにして握る。
黒騎士は青い顔をして、震えながら剣を抜き、構える。
「お前は嘘をついている、卑劣な奴だ」
「違うっ!! 私は、私は、その、普通だっ! これが普通なんだっ!!」
「そんなの、この僕が、ゆるさないっ!!」
僕は槍で殴りかかる。
黒騎士は剣を振る。
すぱりと、槍の穂先が切り飛ばされる。
かまわない。
というか、ちょうど良い。
僕は、ただの棒になった、それを、黒騎士に叩きつける。
バキュウウンッ!
荒野に大きな音が響き、黒騎士の頭に棒が叩き込まれた。
「お前は間違っているっ!!」
「ま、間違ってないっ!!」
バキャアアアン!
棒が鎧の胴に打ち込まれ、とてつもない音が響く。
黒騎士が後ろに吹っ飛び、地に転がる。
「なぜだ、なぜ、避けられないっ! あんな遅い棒をっ!!」
「それは、お前が、間違っているからだっ!!」
「な、なぜだ、何が間違っているというのだっ!」
「卑劣な嘘を付く奴は、どこの世界でも、どんな組織でも、激しく間違っているっ!!」
ゴギャァァンッ!!
「やめろお、やめろお、私は間違っていないっ!!」
「間違っているっ!! そして、恥じている!!」
「恥じていないっ! こうしないと、魔王軍では出世が出来ないんだ、正しさ? そんな物は、現実に前には何の力も無いっ! 嘘を付いたり騙したりしないと、そうしないと、生きてはいけないんだっ!!」
「だったら、魔王軍が間違っているっ!!」
「組織が間違っているなら、私はどうすれば良いんだっ!!」
バッキョーンッ!!
「どんな場所でも、どんな人の中でも、正しく生きろっ!!」
「そ、そんな事をすれば、し、死んでしまう」
「醜く生きるよりも、正しく、死ねっ!!」
「暴論だっ!!」
「元より、正義とは、暴論だっ!! 勝手な言いぐさで、理屈にも合わないっ!! 正しいだけで、他には何の利点も無いっ!!」
「そんな生き方っ!」
「だが、正しい!」
「た、正しいのかっ!」
「そうだっ! 正しく生きて正しく死ぬ者は、笑って死んで行ける!! だが、醜く生きた者は醜く老いて、醜く死んで行く!! 誰も醜く死んだ奴の事は褒めることは無い、死んでも醜い者は笑われて久遠の闇に沈む!!」
「……。そ、そうなのか?」
「そうだ」
「魔王軍を裏切り、貴方の陣営で正しく生きれば、笑って死んでいけるのか?」
僕の体の中に、憤怒の炎が吹き上がり、黒騎士の頬を棒で思い切り振り抜いて打っていた。
「ぎゃうっ!!」
「陣営を変えるなっ!! 魔王軍の中で、魔王軍の為に、正しく生きろっ!! 回り中が間違っていても、自分は正しく生きろっ!!」
いつの間にか、黒騎士は平伏し、涙を流し、きらきらとした目でこちらを見ている。
「わ、私が、間違って、おりましたーっ!!」
「そうか」
「私は、魔王軍の中でも卑しいとされている獣人の生まれで、それを苦にして、諦めておりましたっ、ひがんでおりましたっ! でも、今日、生まれて初めて、私は正しい道というものを知った気がいたしますっ!! これからの人生は正しく生きたいと思いますっ!! 誠に困難な道で、恐ろしい程の障害があると思います。けれど、私は恐れません! 勇者さまの言うとおり、私は正しい道を歩き、正しく笑って死んでいける気がしますっ!! ありがとうございますっ!!」
「うむ」
ふうと、息を吐くと、僕の中の憤怒は綺麗に無くなっていた。
ただ、荒野に、僕のチャリと、チャリの荷台の角少女と、わんわん泣いている黒騎士と、僕だけがいて、風に吹かれていた。
「じゃあ、正しく生きなさい」
「はいっ!!」
僕はチャリにまたがった。
角少女が、にひひと笑った。
「すごいのう、憤怒の能力は、まさに洗脳に近いの」
「能力?」
「勇者に一つ与えられる特殊能力じゃな。有る者は、計り知れない力、有る者は、底知れない魔力。おぬしに与えられたのは、怒ってる時は無敵という、場の力じゃな」
「そういう、物だったのか」
「まあ、黒騎士が正気に戻って襲ってくるかもしれぬ、王都へ急ごうぞ」
僕は、地に伏して、泣いている黒騎士を見た。
「彼女はもう大丈夫だと思うよ。君も一緒に行くの?」
「おう、勇者よ、一緒に連れて行っておくれ。お主がこの世界で何をしでかすか、見物じゃわい」
「あ、うん、それは助かるね。よろしく、えーと」
「竜種のチャモじゃ、よろしくな、タカシ」
「うん、よろしく、チャモさん」
じゃ、行きますか-、と、僕はペダルを踏み込んだ。
異世界、チャリで二人連れだ。
僕は、真っ赤になって沈む、異世界の太陽に向かって、チャリを走らせた。
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