チャリで来た異世界 ――君よ憤怒の河を渡れ――
川獺右端
第1話 チャリで行く異世界転移
僕は激怒した。
なぜかというと、夕飯の餃子が僕のだけが焦げていて、崩れていて、お母さんのは良い焼き加減のばかりだったからだ。
「なんで、おかあさんのだけ、良い餃子なんだよっ!!」
「いや、それは誤解よ、たー君のと私のは、ちっとも変わらないわよ」
「じゃあ、取り替えておくれよっ!」
「いやよ」
そう言って、母ビッチめは、ぱくぱくと餃子を食べ始める。
おとうさんのも、弟のも、ここまで酷くない。
僕の餃子だけが、焦げていて、崩れていて、不当で理不尽で、僕は激怒した。
「くそばばあっ!!!」
絶叫と共に、食卓に、餃子の入った皿を投擲!
大音響と共に、めったやたらに、飛び散る、餃子と割れた皿の破片。
「こらっ! たかしっ!!」
「うるさいっ!! 僕は理不尽な差別には我慢が出来ないっ!! こんな飯食べられるかっ!!」
僕は怒りにまかせて、お茶碗を味噌椀方面に投擲。
大音響とともに、ちらばるご飯、お茶碗のかけら、お味噌汁。
僕は立ち上がり、椅子を蹴倒し、廊下を駆けて家を出た。
料理が失敗することはある、というのは解る。
誰かがそれを食べないといけないのも良くわかる。
でも、それを作った自分が良い物を食べて、焦げて酷い物を僕に回して食べろというのは、それは違う、間違いであり、不当だ。
ふざけるな、と、言いたい。
お母さんが、成績が良くて大人しい、よしきが可愛いのは解る。
お父さんが、趣味の歴史の話をして、よしきが面白い返事をするので、可愛いのは解る。
よしきは良い奴で、僕は怒りんぼで、駄目な兄なのもわかるし、それも良いよ。
だけど、差別されるいわれは無いし、不公平は駄目だと思う。
僕は、怒りのあまり、ドアを荒々しく閉め、自転車に乗って走り始めた。
どこへ? そんなのは知らない。
お母さんの居ない世界に、僕は行こう。
どこか遠くへ。
と、思っていたら、自転車のタイヤが踏んでいた地面が、ふにょりとねじまがり沈み込み、僕はおわおわと言いながらバランスをくずした。
僕は持てる限りのバランス感覚を駆使して、自転車を立て直すと、地面に足を着いた。
あれ?
ここはどこ?
あたりは荒野であった。空は真っ赤であった。
真っ赤な、妙に大きい夕日に照らされた荒野に、人が沢山倒れていた。
な、何事?
テ、テロか何かかな?
倒れているのはみんな外人っぽくて、なんだろうファンタジー映画の人みたいな格好をしている。
その沢山のファンタジー人間が、荒野に倒れ、誰も動いていない。
真っ赤な鷲(わし)をかたどった旗だけが、ぱたりぱたりと風に揺れている。
え、これなに?
頭がぐらぐらした。
足下がみょいーんと柔らかくなって崩れ落ちそう。
自転車のスタンドを立てて、地面に下りる。
すごい、血の臭い。
頭上でカラスが、ギャーギャー言いながら飛んでいる。
「勇者さま……」
声がしたので、ハッとしてそちらを向くと、綺麗なドレスを着たお姫様っぽい人が倒れていた。
「だ、大丈夫ですか? しっかりして」
僕はおもわず、かけよって、お姫様の手を握った。
「せっかく召還の義が成功したというのに。こんな事になってしまって、ごめんなさい」
「どうしたの、召還ってなに? 勇者って?」
「詳しい説明が出来ぬ事を悔やみます、ですが、今すぐ逃げてください。奴らが、魔王軍の者が帰ってくるまえに」
「ど、どういうことだよ、ねえっ!」
「あなたに渡すべき、聖剣も、伝説の甲冑も、奴らに奪われました、日の沈む方へ、私たちの死骸から、お金と武器を取って、王都へ逃げてください……」
そういうと、お姫さまは、バックを僕に押しつけて、血を吐き、倒れ、動かなくなった。
「なんだよー、なんだよこれー?」
手がぶるぶる震えて、なんだかすごく怖い。
がくがく足が震えて、まっすぐ歩けない。
でも、お姫様の言った事だと、これからやばい連中が帰ってくるようだ。
急いで、日が沈む方へ逃げなくてはいけないらしい。
どうしよう、どうしよう。
あたりを見回す。
沢山の死骸がある。
武器。
武器が無いと駄目なのか。
ここは異世界なのか、だれかがいたずらでやってる訳じゃ無いよね。
さすがに、こんなに荒野一杯の死体とか、調達できる訳が無い。
ゴツイおじさんの死体を調べて見る。
ゴツイ剣があった。
でも、僕には重そうだ。振れる自信がない。
腰に、何かパンみたいな、ビスケットみたいな物が入った袋があった。
ありがたくいただく。
水筒のような物もあったので貰う。
おじさんすいません。
隣の兵士さんみたいな人の死骸の近くに、槍があった。
槍なら、なんとかなるかも。
遠くから刺せるしね。
僕の背よりも小さいぐらいの槍をいただく。
腰に、袋があって、パンとチーズと、干し肉っぽい感じの物があったので、袋ごと貰う。
兵士さんすいません。
本当はヘルメットとか鎧とかも欲しいけど、なんか、合わせている余裕がない気がする。
魔王軍がいつ戻ってくるか解らないし。
逃げよう、逃げよう。
僕は自転車にまたがって、ペダルを踏みしめる。
この自転車は、去年の誕生日に買って貰ったもので、マウンテンバイクだ。
弟のよしきは、ロードの方が良くない? って言ってたけど、僕は悪路も走れるマウンテンバイクが欲しかったんだ。
良かった良かった、マウンテンバイクを選んで、良かった。
わっせわっせと立ちこぎで、ペダルを回す。
目の前には、どこともつかない荒野が広がっている。
うっすらと、道らしい物が、沈みゆく太陽に向かって続いている。
逃げろ。
逃げろ-。
魔王軍、魔王軍が来る。
怖い、怖い。
なんだか鼻の奥がキーンとなって、泣きそう。
頬がぺたぺた濡れているのに気がついて、僕は泣いてる-。
どうすんだよ、どうすんだよ。
異世界とか来ても、僕は何もできないよっ。
ちょっと自信があるのは自転車の曲乗りぐらいで、あとは何にも無いっ!
無理過ぎ無理過ぎ。
ああ、なんだか後ろから、どどどという足音が聞こえてくるような。
振り返る。
うわー。
うわー。
黒い馬に乗った黒い甲冑を着た黒騎士がいるーっ!!
僕を追ってきているーっ!!
怖い、怖い-。
ふぬおおおおおっっ!!
ジョッキ、ジョッキ、ジョキジョキジョキジョキ。
回せ回せーっ!!
と、道の前方に、小柄な杖をついた角が生えた少女がいた。
岩の上にちょこんと座って、こちらをいぶかしげな目で見ている。
「なんじゃ、おぬし?」
「ぼ、僕はっ!! チャリで来たっ!! 新堂たかしですっ!!」
僕は、思わず反射的に返事をして、彼女の横を通りすぎてしまい。
急ブレーキを掛けて、止まった。
「わ、悪者が来ているんだ、君も危ないっ! 早く乗ってっ!」
「あ、魔王軍か」
角の生えた可愛い少女は、近づいてくる黒騎士を見ながら、そう、つぶやいた。
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