12_掴んだ幸せ

 婚約式まで大々的にやったのだから、そこからは広岡夫妻にとってはなし崩しと言っていい状態のまま結婚式まで雪崩れ込んだ。言いたいことは山ほど腹に抱えても、さすがに結婚式となればそんな顔も出来ず。セッティングされてしまった結婚を祝う言葉も、しゃくし定規ではあったが述べなければならず。

 一番言いたくない言葉をにこやかに言う。激しい葛藤に包まれて莉々に述べた言葉。

「莉々さん。息子は障害も抱えています。これから先も真伸を支えてやってください。よろしくお願いします」

(結婚式が終われば絶縁だ)

そう心で思うしか、形だけでも自分を穏やかにする術は無かった。


 それに比べて宇野一家。

「彼はすでに我が家には無くてはならない存在となっています。彼はいい! 実にいい! 素晴らしい男性を宇野家に得たことは、我が家一堂にとってこれ以上の喜びはありません。真伸さん、あなたに娘の莉々を託すことになんの躊躇いもありません! 末永く、莉々をよろしくお願いします!」

『彼はいい!』辺りで原稿は握り潰し、彦助は心の声をほとばしるままに語った。

 勝子はそんな彦助をきらきらした目で見守る。

(父ちゃん、すてき! 父ちゃん、カッコいい! 父ちゃん、世界一!)

 残念ながら勝子の目は彦助だけを追っていて、莉々の涙も見えず、真伸が声を詰まらせながら「お父さん! あなたを義理とは言え、父と呼べることに感謝します!」と言った言葉も耳に入っていなかった。結婚式の最後まで逞しく一個の男性として堂々としていた彦助にさらなる愛情と恋慕を募らせていた勝子であった。



 莉々の気持ちから、礼儀としても広岡家を二人で訪ねたのはそれから一週間後。二人は呆然とすることになった。

 チャイムを押し、インターホンが繋がる。

『どちら様でしょうか』

「真伸です。莉々と一緒に挨拶に来ました」

 それに対する言葉。

『お帰りください。不愉快です。今後お訪ねいただくこともご連絡も一切お断りいたします』

 ガチャッと響く音にうなだれた真伸……

「帰ろう、まぁくん! ここに来ただけで私たちの誠意は果たしたと思う。ね、結婚したてだよ? 楽しもうよ! 記念にここでキスして!」

「え、ここで?」

「そう、ここで。認められなくてもいいよ。ここでちゃんと私たちは結ばれているんだってことを形に残しておこう!」

 莉々は驚いたままの広岡の首を抱き寄せた。莉々の優しい口づけに、次第に深くなっていく広岡の口づけ……

 玄関が唐突に開いた。

「何をやっているんだ! 人の家の玄関口で!」

 唇を放すと莉々が叫んだ。

「私、まぁくんと結婚出来て最高に幸せです! 二人でもっと幸せになります!」

 真伸も大きな声を出した。

「俺たちはどんな障害があろうと二人で乗り越えていく。愛情をもって、互いに尊敬し合い、互いを思いやり、互いを決して離さず。いい家庭を築きます! これが今日言いたかったことだ。さようなら、もう来ません」



 結局自分たちの本懐は遂げた。帰りの車の中。広岡は路肩に車を止めた。

「まぁくん?」

「俺…… 今頃になって震えてる…… 怖かったとか、パニックとか、そういうんじゃないよ、莉々。幸せってことがどういうことか、今分かったんだ…… 君に会えたことで俺の全てが変わった。新しい人生が始まったよ」

 莉々の目を見た。

「君を愛する自分を褒めてやりたい! 君に一目ぼれした自分を褒めてやりたい! そんな気持ちを抱かせてくれた莉々が誇らしい! 宇野家のみんなが俺の家族だよ。哲平という存在が無かったら君に巡り合うことも出来なかった。あいつは俺の最高の親友だ。そして」

 莉々を引き寄せ、今度は広岡の方から口づける。

「そして、君は俺の最愛の妻だ。ありがとう、莉々。俺の人生はこれから始まる。ずっとそばにいてほしい。莉々が必要だから」


 莉々は泣かなかった。涙を落とすことで今の広岡に応える自分を穢すような気がした。

「まぁくん。あなたは私の最愛の夫です。あなたと出会って良かった…… 私といい家庭を築いていこうね。ケンカだってすると思う。いろいろ意見がぶつかることも。でも、正直な家族でいようね。私たちの間にこだわりや遠慮が無いようにしよう。まぁくんとなら最高の家族になれるって、私は信じてる」




――「広岡さんと莉々ちゃんと」完 ――

(番外編『華月と華音の初恋物語』へ続く)https://kakuyomu.jp/works/16817330658872967328

次は笑いあり涙ありの、子どもたちの物語です。

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