11_婚約式 ―3
広岡はやきもきしていた。結局親類の誰からも連絡が無かった。欠席するにしても連絡くらいするべきだろうと思う。広岡家には広岡家のルールがあるから、多分それに抵触したせいだ。しかし、問題はどっちが大切かということだ。自分たちの尊厳と、我が息子の幸せと。
(期待するだけ損だ)
そんなことは分かっているが、ここでもし折り合えるならそうしたいのも真実だ。
(父さん、母さん…… 俺ってそんなもん? 二人にとって……そんなもんだった?)
哲平からメールが来た。
「澤田! 莉々が来る! 後10分くらいだって」
「慌てないでよ、主役なんだから。後は俺たちに任せればいいんです。婚約式だからちょっとした挨拶、リング贈呈、後は宴会。大したこと無いって」
澤田の言うことを聞いていると、本当に大したこと無さそうに感じてくる。
会場に着いて、莉々はすぐに違和感を感じた。入り口に来るまで広岡からいも連絡がこない。待ち合わせというわけでもない。
「兄ちゃん、ほんとにまぁくんは来てるの?」
「来てるよ、安心しろ。中で待ってるから」
「中で?」
「そう、中で」
なんとなく兄の様子がおかしいと思ったが、まずは広岡と合流しないと。そう思って開けられた扉から入った。
みんなが自分を見ている…… 温かなメロディが流れた。広間の両脇にみんなが下がっていく。開いた向こうに広岡が立っていた。ゆっくり自分に向かって歩いてくる。みんなが拍手を……
「なに? なにがおきてるの? にいちゃん、なに?」
横についている哲平が近づいた広岡に、莉々の背中をどん、と押した。広がった両腕の中によろめくように抱き留められる。
「頼む、広岡」
哲平はそう言って後ろに下がった。
「ね、まぁくん、これ、なに? ねぇ、まぁくん!」
「いいからついておいで」
広岡の差し出した腕に手を通した。拍手が大きくなる。みんなが口々に「おめでとう!」を叫んだ。さっき広岡が立っていた場所に二人で立つ。
拍手が静まった。広岡がマイクを澤田から渡される。その手に力が籠っていた。
「皆さん。今日は私と莉々のためにお集まりいただいてありがとうございます! 今日、私は皆さんの前で正式に莉々にプロポーズをします」
莉々に真正面から広岡に向きあった。まだ何が起きているのか分からずにいる莉々。
「宇野莉々さん。私はあなたに改めてプロポーズを申し込みます。ごめん、驚かせてるよね。君のために婚約式をしたかったんだ」
両手を口に当てて驚く莉々の前に広岡は片足で跪いた。ポケットから小さなケースを出す。蓋を開けて莉々に差し出した。
「宇野莉々さん。どうか私の結婚の申し込みを受けてください」
周りを見回した。そこにみんながいる。彦助、勝子、一知花、二知花、茉莉。自分の親しい友人。バイト先の仲間まで。
そしてもう一度広岡を見た。自分に指輪を差し出している愛しい人。
「私…… お申し込みをお受けします」
震えるような声で言うと広岡が立ち上がった。
「手を出して」
左手を広岡の手の平に預ける。可愛らしいピンクダイアが光を放つ。薬指に指輪が滑っていく。その指輪に広岡は口づけた。
「ありがとう、莉々。君にこの指輪を渡すことが出来て凄く嬉しい!」
盛大な拍手が起きている中、扉が小さく開いた。そこにスーツ姿の父と着物を着た母がいた。その後ろには招待状を送った親類が。
「父さん…… 母さん」
足を踏み出す広岡の腕に莉々が捕まった。
「私も一緒に」
二人で歩いた、両親たちの前に。
「来てくれたんだね」
「仕方ありませんからね。こうなったら受け入れるしか無いでしょう」
広岡の母親の言葉にそばに立っていた華の顔付が変わったのを見て慌ててジェイが押さえた。
「だめ、華さん。今日は広岡さんの大事な日だから」
深呼吸した華がジェイの手を軽く叩いた。
「そうだな。ありがとう、ジェイ」
父親は何も言わない。その前で莉々が深々と頭を下げた。
「おいでくださってありがとうございます。どうぞ。私の家族も来ておりますので」
「さあ! 皆さん、乾杯して若いカップルを祝福しましょう! かんぱーい!」
澤田が場を盛り上げるように音頭を取った。本当は河野課長にしてもらうつもりだったが、一触即発の雰囲気を感じての先制攻撃だ。お蔭で妙な雰囲気がみんなの声で崩れた。
立食パーティーだ。みんなが入れ替わり立ち代わり二人に「おめでとう!」を言いに来る。
「広岡、映画を見てるみたいだったよ!」
哲平が広岡の背中を叩いた。
「素敵だったー、広岡さんのプロポーズ! 私も早くそんな人見つけたい!」
茉莉の言葉に彦助がビクリとした。
「あちらにご挨拶に行きましょうか」
勝子が彦助を促す。広岡の両親はテコでも自分たちから来るつもりはないらしい。
「私らが大人にならないとね。父ちゃん、忍耐だよ」
本当なら男性側の両親が来るべきなのだ。そこを折れた。勝子にしても彦助にしても、最初からケンカをしたくない。
「初めまして、宇野彦助、莉々の父です」
「母親の宇野勝子です」
「広岡です」
「家内です」
笑顔も無い冷たい温度の言葉が広岡夫妻から出る。そこですでに勝子がカチンと来ていた。彦助がその背中を撫でる。
「これからはお互いに姻戚関係になりますね。どうぞよろしくお願いします。今度場を設けてじっくりお話をしましょう」
彦助の挨拶に広岡の母は口を閉ざしたまま。父がその代わりにと彦助の差し出した手を握った。
「全く。お互いに子どもに泣かされますね。道理もわきまえずに突っ走ってプロポーズなど。もしご迷惑をおかけするようでしたら遠慮なく破談にしてやってください。真伸はまだ世間というものをよく分かっていない」
これが夜だったら、彦助の頭から湯気が出るのが見えたかもしれない。爆発寸前の彦助の前に哲平が割って入った。
「俺、莉々の兄の哲平と申します。広岡の親友です。今日は俺にとって最高の日になりました。広岡はとても頑張り屋で俺の自慢の親友です。その彼が俺の妹を選んでくれた…… 今、言葉では言い表せない感動に包まれてます。あんな立派な男に大事に思われる妹は世界一の幸せ者です!」
父親の手を哲平は握った。目から涙が零れていた。
「ありがとうございます! 俺があんなに誇らしい親友を得たのはお二人が広岡真伸という男を誕生させてくださったからです。あんなに妹が輝いているのはお二人が広岡を愛情深く育ててくださったからです。心から感謝します!」
婚約式は無事に終わった。哲平が一方的に感謝を述べたことで広岡夫妻は少し和んだらしい。その後はさほど失礼な言動は出なかった。
「哲平…… 俺はいつもお前に助けられる。これからも世話になるよ。……兄さん」
「うわ、やめてくれ! 蕁麻疹が出そうだ!」
友人ばかりになった二次会は全て忘れてみんなで騒いだ。今度こそ何の邪魔もなく羽目を外した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます