11_婚約式 ―1
広岡はいきなりの結婚ではなくてまず婚約したいと思った。
(婚約パーティーを開こう! 莉々と正式に結婚に向けてのつき合いを公表したい)
それだけではなく、この婚約式のもたらす効果にも期待している。法的では結婚ではないから婚約も形式も特に縛りは無い。だが裁判で判例があった。婚約を一方的に破棄して訴えられ慰謝料を取られたというケース。つまり、体面を重んじる広岡の両親は婚約を盾に取れば簡単には莉々を退けられなくなる。
広岡はこれをサプライズにしたかった。だから協力を要請した、大事な仲間に。
「急に集まってもらってすみません。今日は俺が奢りますから」
いつもの居酒屋のブースに集められたメンバーは、哲平、華、三途川、田中。河野課長には声を掛け辛く、池沢は職位が上がったためバタバタしている。哲平も上がっているのだが広岡としては欠かせない存在だ。華はセンスがあるし、三途川は大人、田中は常識人。
「変わったメンバーを集めたな、なにがあるんだ?」
哲平が聞くのを横に、三途川がすでに酒を注文し始めている。
「広岡ちゃん、奢りとは嬉しいことを言ってくれるわね!」
相変わらず奢られることに目が無い三途川。
(実家で酒なんかたっぷり飲めるだろうに)
毎度のことに花がちょっと呆れている。
「華、あんた呆れた顔してるけど」
(ドキッ!)
「自分で飲む酒とこういう酒じゃ味が違うのよ。分かんないでしょう」
「分かんないよ、そんな理屈は」
華は絶対に三途川がいたら奢りたくないと思っている。
正座をしている広岡を見て、田中は足を崩すのをやめた。
「俺、宇野莉々さんと結婚するつもりなんです。もうプロポーズもしたし、ご両親の許可もいただきました」
内心笑っている哲平。この前父に呼び出されて愚痴の酒につき合った。
『そんなつもりじゃなかったんだ、お前のことを考えてる時に店員が「お父さん」なんて言うからつい「息子」と広岡くんを呼んでしまった…… まさかそれを結婚の許可だと思われるなんて……』
『だからって父ちゃん、男子たるもの、うっかりだろうが「つい」だろうが一度口にしたんだから撤回できないだろ?』
それで彦助も観念した。つまり彦助は哲平に痛いところを突かれてそのまま受け入れてしまったのだ。
「まあ!」
「いつの間に?」
「広岡さん、やるじゃん!」
三者三様の反応にちょっとはにかむ広岡。誰だって「宇野莉々さん」がどういう存在か知っている。
「じゃさ、哲平さんと兄弟になるってこと?」
「そうなるわね。面白い! 広岡ちゃん、素敵だわ」
「三途さんの『面白い』は怖いけど。それで相談に乗ってほしいんです。サプライズで婚約式をしたくって。R&Dのみんなと宇野家の皆さんを招待したいんです」
「お前の家族は?」
田中の質問に一瞬間が空いて、広岡は答えた。
「連絡はします…… 俺んとこの話はいいです」
反対されているのか、と誰もが同じことを思った。
「で、相談って言うのは?」
「いろいろ分かんなくて。サプライズだから本人にはその時まで隠しておきたいんだけど」
「俺が莉々は引き受けてやる。当日に出かけたり機嫌悪くなったりしないように面倒見るよ」
「ありがとう!」
「なんかプラン持ってるの?」
「俺は花束と婚約指輪用意して」
「だめだめ、そんなの。花束用意すんのは広岡さんじゃないよ。こっちで考える。他には?」
「後はあんまり……」
「ウチでやる?」
三途の恐ろしい提案にこぞって首が横に振られる。こともあろうにヤクザの屋敷など……
「冗談でしょ!」
「冗談!」
「それには反対だ」
一斉に哲平、華、田中に声を荒げられ三途は露骨にイヤな顔をした。
「式場はホテルにしたら?」
華が具体的な話を進めてくれた。
「そうだな、その方が面倒なこと考えなくて済むぞ」
「いいのかな、それで」
「それがいいんだ、広岡。お前、自分が当日使い物にならなくなるってこと分かってないな」
田中に言われるとそうかもしれないと思う。
「指輪のサイズ、分かってんのか?」
哲平に聞かれ慌てた。そう言えば知らない。
「しょうがないなぁ、いいや、茉莉に聞かせるよ」
「助かる!」
「その調子じゃ本当に俺たちにイベント丸投げするつもりだったんだね?」
「そんなことない! ただ慣れてないから……」
「怖いこと言うなよ! こんなもん慣れてたら莉々はお前にやらない」
「……すまん」
「じゃ、プランとかいっそ俺たちに任せてよ。どうもこういうの広岡さんが仕切るの危なっかしそうだし。ある程度の案を練ってから広岡さんにプレゼンするってことで」
「華!」
「任せて置けって。お前はお前の心配してろ。スケジュール決めようぜ。後は当日の動きもな」
そのままスケジュールは一か月後に決め、広岡のやることは招待状の作成、指輪の購入、当日の動き、司会を誰に頼むか決めることになった。
哲平は指輪のサイズ調査、サプライズにするための宇野家での画策.だいたい怪しげな方面を担当する。
イベントそのものの企画は華、三途川、田中が引き受けた。司会は哲平と言いたいところだが、そうもいかない。
「いっそ課長はどうだ?」
「そりゃ失礼ってもんだよ、哲平さん!」
「冗談だって。でもまた澤田ってのもウザいよな」
「じゃ、それも後で考えとくわ。決まったら広岡ちゃん、あんたがきちんとお願いしなさいよ」
「もちろんです!」
思ったより話が進んで広岡はホッとした。後は実行あるのみ。広岡の心はウッキウキだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます