私を導く手紙

三鹿ショート

私を導く手紙

 私の名前が書かれた封筒が郵便受けに入っていたが、それは奇妙なものだった。

 何故なら、切手などが存在していないからだ。

 つまり、郵便受けに直接投函されたということになる。

 周囲に目を向けるが、私が郵便受けから封筒を取り出したところを見ている人間は存在していなかった。

 少しばかりの恐怖を感じながらも、封筒の中身を確認する。

 中には、手紙が入っていた。

 そこには、指定された日時に、指定された場所へと向かうようにと書かれている。

 その日時とは明日であり、ちょうど仕事が終わり、自宅へと向かっている時間帯だった。

 私の生命を狙っている人間が呼び出したとは、考えにくい。

 その日時と場所を避ければ、私は無事であるからだ。

 わざわざ回避することができるようなことを伝える意味が無い。

 ゆえに、恐怖よりも、疑問が勝るようになった。

 家の中に入り、扉越しに妹にこの件を伝えるが、反応は無かった。

 しばらくは声も聞いていないが、用意した食事は口に運んでいるために、ひとまずは安心した。

 空になった皿を洗いながら、手紙の指示に従うべきか、悩んだ。

 翌日の仕事中も気になって仕方が無かったため、結局、私は指示に従うことにした。


***


 指定された場所は、自宅の近くに存在する公園だった。

 仕事が終わった時間帯は、常に無人であるはずだが、その日は異なっていた。

 女性の叫び声が、私の耳に届いてきたのである。

 声が発せられた場所は公園内の物陰であり、私が駆けつけると、何者かが女性に馬乗りになっていた。

 馬乗りになっていた人間を突き飛ばし、私は彼女に無事かどうかを問うた。

 何度も首肯を返す彼女を見ているうちに、馬乗りになっていた相手は逃げ出してしまっていた。

 追いかけようとしたが、曲がり角の先へと消えていったため、追跡は諦めた。

 彼女の元へと戻り、再び無事を確認する。

 然るべき機関へと通報するかどうかを訊ねたが、彼女は大事になってしまうことを避けたい様子で、首を横に振った。

 落ち着かせるために、近くの長椅子に座らせると、自動販売機で購入した珈琲を渡した。

 それを何度か口に運んだ後、彼女は大きく息を吐くと、改めて私に感謝の言葉を発した。

 再び襲われては困るために、自宅まで彼女を送ることにした。

 表札の名前が何処かで見たようなものだったが、それ以上考えることはせず、今後は夜道に気を付けるように伝えると、私もまた自宅に戻ることにした。

 帰宅したところで、郵便受けに再び手紙が入っていることに気が付いた。

 中身を確認したところ、前回とは異なる日時と場所が記載されている。

 一体、何が目的でこのような手紙を送ってくるのだろうか。

 疑問は解決されることがないものの、この手紙が無ければ、彼女は傷を負っていたに違いないことを考えると、従うべきなのだろう。

 私は妹に今回の件を話したが、やはり反応は無かった。


***


 指定された場所は、駅前の喫茶店だった。

 何度も目にしたことがある場所だが、入ったことは一度も無い。

 今度は何が待っているのだろうかと思いながら入店したところ、目を見開いた。

 彼女が従業員として勤務していたのだ。

 彼女は私を認めると驚いたような表情を浮かべたが、即座に頭を下げ、再び感謝の言葉を口にした。

 またもや彼女の身に何かが起きるのだろかと不安になりながら珈琲を飲み、店が閉まるまで居座ったが、何も起きなかった。

 これも何かの縁だと思い、勤務を終えて帰宅する彼女を自宅まで送ることにした。


***


 それから何度も手紙が郵便受けに入っていたが、その指示に従っていくと、必ずといっていいほどに彼女と顔を合わせることになった。

 彼女が自作自演をしているのではないかと考えたが、その場合、何故そのようなことをしたのか、疑問が残る。

 彼女があのような手紙を送ってきた理由は、私に近付くためだろうか。

 だが、私は彼女と知り合いではないために、好意を抱かれる切っ掛けは不明である。

 往来で私を目撃し、一目惚れでもしたというのだろうか。

 しかし、それでは、私の自宅を知っている理由にはならない。

 尾行したのならば話は別だが、そこまでのことをしてまで心を奪いたいほどの魅力が私に存在するとは思っていない。

 どれほど考えたとしても、納得のいく説明が思い浮かぶことはなかった。

 だからこそ、一か八か、私は彼女に手紙の件を訊ねた。

 手紙の話を聞いている彼女は驚いたような様子を見せたため、どうやら首謀者ではないようである。

 だが、話を聞き終えた彼女が告げたことを考えると、関係者だったらしい。

「その手紙を書いた人を、おそらく私は知っています」


***


 彼女と共に部屋に入ると、我が妹は本に落としていた視線を我々に向けた。

 我々が揃っている姿から何かを察したのだろう、開いていた本を閉じ、机上に置くと、

「どうやら、気が付いたようですね」

 久方ぶりに聞いたが、妹の声に変化は無かった。

 これまでに届いた手紙を机上に置き、私は妹に問うた。

「何故、私を彼女に導くようなことをしたのか」

 妹は彼女を一瞥し、頷いたことを確認すると、

「彼女は私にとって、一番の友人です。そのような人間が好意を抱いている相手と一緒になりたいと望むのならば、力になりたいと思うことは当然でしょう」

 そう告げられ、私はかつて、妹が自宅に彼女を呼んだことがあることを思い出した。

 名前に既視感を覚えたのは、それが理由だったのかもしれない。

 私は彼女に目をやりながら、

「その相手が、私だというのか」

「その通りです」

 妹は机上の手紙を手に取ると、私に目を向ける。

「兄であるあなたは、引きこもった私に対して態度を変えることなく、世話をし続けてくれました。そのことに感謝をしながらも、私は申し訳なさで一杯だったのです。だからこそ、あなたが自分の道を進むことができるように、あのような手紙を送ったのです」

 そこで妹が取り出したものは、かつて彼女に馬乗りになっていた人間が着用していた衣服だった。

 彼女もまたそのことに気が付いたらしく、短く声を発した。

 妹は弱々しい笑みを浮かべると、

「私のことは忘れて、自分の幸福を求めてください。社会に溶け込むことができない私など、存在する意味など無いのですから」

 妹がそう告げると同時に、私と彼女は同時に声を出した。

「そのようなことは言うべきではない」

「そのようなことは言わないでください」

 目を丸くした妹に、我々は続ける。

「確かに今は駄目かもしれないが、そのようなことを考えられるのならば、何時の日か外へと出ることは可能だろう」

「あなたは一人ではありません。どんなに傷ついたとしても、私が、私たちが、傍にいます。心配することはありません」

 我々は、揃って笑みを浮かべた。

 見開いていた妹の目に、涙が浮かび始める。

 子どものように泣き始めた妹を、我々は抱きしめた。

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