第11話 ごめんね
僕と彼女は、11番のシアターに入っていく。
扉に入れば目の前に大きなスクリーンが見える。まだ始まっていないからか、まだザワザワしている。
僕は席に腰を下ろす。暗闇の中、彼女の笑顔が見えた。
「なんでそんなに笑っているの?」
僕が尋ねると、彼女はこう言った。
「だってさ、遥人君と映画ってさ、初めてじゃん?きっと私が遥人君の1番を奪っちゃったんだなーっていう優越感よ!」
「あいにく、僕は一度だけ母さんと映画を見たことがあるよ。」
「それは別としてだよ!」
彼女は笑いながら僕の隣の席に座った。そして、コソコソと僕の顔の傍で何か話している。
『津波の人魚ってさ、もしかしたら人魚姫の話かもよ……!!』
彼女はそう言いきったあとにニシシシと気味の悪い笑いをあげた。
流石の僕でもちょっと引いた。
『そうだね、人魚姫の話だと僕も助かるよ。』
『なんで遥人君も助かるの?』
『いや、僕も地震とかそういうの苦手で、あんまり好んでは見ないから。』
『ふーん、なるほどねぇ』
彼女は納得したのかひとりで「うんうん」と言いながら頷いている。
そんなことをしていたら、シアター内の電気が消えた。もうすぐで映画が始まる。
僕はなんだかんだ言って久しぶりの映画にワクワクしていた。気分が高ぶる。
ふと、気になって彼女の方をチラっと覗く。
彼女は、不安そうな顔をしていた。そりゃそうだろう。津波で両親を亡くしているのに、その記憶をわざわざ自分から呼び起こして辛くなるだけなのだから。
僕に何か出来ることはないかと思ったが、"映画を見ない"という選択肢はつい先程消えてしまったので、仕方なく前を向き直った。
……映画が始まった。
どうやらこの物語は、津波によって波に飲まれて亡くなった少女と、その幼なじみだった少年が、少女が生きている内にやりたかったことを一緒にこなしていく、という内容らしい。
思ったよりもしっかりした設定で、僕も気付かぬ内に映画に見入っていた。
途中、僕がポップコーンを食べようと手を伸ばすと、彼女の姿が目に入った。
彼女は、手を顔に覆い被せている。
『どうかした?気分悪い?』
僕が小さな声で尋ねると、彼女は何も言わずに首を横に振った。
僕はどうすればいいか分からなかった。
話の途中、津波のシーンがあった。
結構忠実に再現されているのか、僕でも結構衝撃だった。実際に津波にあった人達が、どんな気持ちで波に飲まれていく街を見ていたのか、手に取るようにわかった。
僕でさえ、辛くなってしまうのに、1度経験している彼女はどれほど辛いのだろう。
僕が心配になって隣を見ると、彼女はさっきの体勢のまま、何も変わらずに俯いていた。
……映画が終わった。1時間の上映だった。
通常の映画より短めではあるが、見応えは凄かった。
僕が余韻に浸っていると、彼女が僕に声をかけてきた。
「ねぇ、ちょっと外に出ない??」
「いいよ、行こう。」
彼女はシアターに入る時とは打って変わって、暗い顔をして、重い足取りで外へと歩き出した。
僕は黙ってその後を着いていく。ここで僕が何を言っても、きっと過去のことを思い出してしまうだけだろうから。
自動ドアが開き、外に出る。
出て直ぐに噴水と、その周りにベンチが置いてあったので、2人でそこに腰をかけた。
彼女は「ふぅ」と小さく息を吐いて、僕の顔を見て口を開いた。
「ごめんね、きっともう克服できたと思ったんだけど…やっぱりダメみたい。すごく辛くなっちゃう。なんでだろうね……あはは…」
彼女はいつも天真爛漫に笑うため、作り笑顔はすぐにバレる。全然楽しそうじゃないのだ。
僕は、これ以上彼女を傷つけることが無いように、丁寧に言葉を選んで話す。
「…僕も、映画を見て辛かった。きっと君の方が辛いんだろうけど、津波にあったことがある人の気持ちが手に取るようにわかった。別に克服しなくてもいいんだよ。僕だって君の立場だったら、もっと塞ぎ込んでいただろうしね。」
彼女は僕の話を黙って聞いてくれた。いつもだったら、途中で口を挟んでくるのに。
そして、彼女は目から涙を零した。
彼女は、目から溢れる滴を服の袖で拭い、しゃくりあげながら僕に言った。
「ごめんね…映画ごときで泣くなんて……遥人君って優しいんだね。前から知ってたけどさ…改めて思ったよ。」
「君は謝らないで。悪いことなんて一つもしていない。それに、僕は優しくなんてないよ。少し落ち着くまでここに居よう。」
僕がそう言うと、彼女は静かに頷いた。
しばらくの間、僕と彼女の間には、噴水の音と、彼女のすすり泣く声の2つだけが鳴り響いていた。
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