第3話  人質

 さらに数日後、軟禁されていたリーナの下へ、再びレーザ公がやって来た。その顔色からは明らかな焦りが感じ取れるほどに態度が乱れていた。



「おい、どうなっているのだ!? 例の手紙を届けたというのに、城の連中、一向に開城する気配を見せんぞ!?」



 リーナに詰め寄り、語気荒く問い質してきた。小城一つに手間取っていては、別の場所で騒乱を呼び起こすことにもなりかねず、とにかく早く片付けたいという態度が丸見えであった。


 リーナは策が動き始めたことに内心喜びつつ、顔には出さずに応じた。



「代官のジャゴンは頑固な上に、疑り深い者でございますからね。もしかすると、届けた手紙が偽手紙であると、判断したのかもしれません」



 もちろん、それは嘘であった。


 ジャゴンはリーナが嫁ぐ前から従者として仕えており、主人の筆跡など見慣れたもので、字の癖で当人だとすぐに判断がつく。


 そうなるべくして、“なった”だけなのだ。



「うぬぅ……、どうしてくれようか」



 レーザ公の焦りはさらに高まっていき、もはや体裁を取り繕う余裕すら失われつつあった。


 そもそも、レーザ公はかなり強引に事を進めた上に、本来なら中立であったはずのリオ伯まで暗殺してしまったのだ。手にした権力は急ごしらえのもので、下手なつまずきはそのまま破滅を意味する。


 田舎の城一つに時間を費やしていては、見限る連中が出てくる危険すらあった。 



「でしたらば、私が直接城に赴き、開城を申し付けて参りましょう」



 相手の焦りを見透かして、リーナはそう提案した。


 レーザ公は即答しかね、腕を組んで悩んだ。リーナの提案はもっともなのだが、どこか信用の置けない相手なのであった。


 何しろ、今までの言動が余りにも従順過ぎて、却って違和感を覚えていたからだ。


 当然、リーナもそれは理解していたので、あえて踏み込み、挑発してみることとした。



「まさか、レーザ公は私が説得するフリをして城に逃げ込み、そのまま帰ってこないのではと、お疑いなのでしょうか?」



 実際、レーザ公はそう考えていた。目の前の女を自由にするのは、余りにも危険であったからだ。


 もし、ルリ城に逃げられるようなことがあれば、城兵は活気づいて、落とすのがますます難しくなりかねないからだ。


 しかし、なるべく短期で落とさねばならないのも事実であり、リーナの提案に乗らねばならないのも思案のしどころであった。


 今一つ煮え切らないレーザ公に対して、リーナは最後の一押しを入れた。



「お疑いあらば、こういたしましょう」



 リーナは部屋の隅にいたヴィランを招き寄せ、その両肩に手を置き、レーザ公と向き合った。



「私が出掛けている間、この子を公にお預けいたしましょう。これでいかがでしょうか?」



 我が子を人質に差し出す。自由の対価としては、妥当であった。


 もし裏切るようなことをすれば、我が子があの世へ旅立つこととなる。時間もなかったことであるし、レーザ公はその提案を受けた。



「よかろう。あなたの行動は保証する。早く城を明け渡すよう、城兵に言い付けてくるがいい」



 今までの従順な態度は本気で降参したから、そうレーザ公は判断した。


 ならば、さっさと城を開けるよう説得してもらった方がいい。何より、子供が手元に有る限りは裏切らない、という保険もあるのだ。


 リーナは見張られながらとは言え、行動の自由を得ると、厩舎に入れてある愛馬に跨がり、ルリ城に向かった。



           ~ 第四話に続く ~

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