第7話「咲いたもの、結んだもの」
「ふぅー、何とか終わったな」
俺は受験会場である大学からバスに乗って家に帰ろうとしていた。
「一応、大丈夫とは思うが……」
出た問題は今まで補習で見た問題ばかりだし判定も悪くはなかった。しかし例え全問正解の自信があってもこれからの人生に大きく関わってくるのだ。不安は取り除けないだろう。
「受験終わりました?」
みらいからのメールが届いた。ああ、無事かどうかはわからないが終わったよ。
「じゃあ、先に行って待ってますね」
メールでは敬語になる可愛らしい不器用さに和み、俺は待ち合わせ場所に向かう。
「あ、一也!」
みらいは俺を見るとすぐに駆け寄る。照れくさいがそれが嬉しい。
俺たちは待ち合わせ場所の駅から数分歩き、目的の場所にたどり着く。北都大学付属病院、白い建物に落ち着いた字と赤い十字架が刻まれていた。俺たちは受付に行き部屋を教えてもらう。大病院らしくあちこちの部屋で忙しなく看護師や医者が小走りで何やら運んでいた。
「913号室は……、ここだな」
俺たちは病室の戸を開け懐かしい顔と対面した。
「久しぶり、一也くん、みらいちゃん」
そう言って読んでいた本から目を離し以前と変わらない笑顔で美咲先輩は微笑んだ。顔色は随分良くなり、声も少し大きくなっていた。
「先輩こそ、お久しぶりです」
俺たちは見舞いとして持ってきた本とゼリーをベッド横の机に置き、丸椅子に座った。
「すっかりみんな大きくなったねぇ……」
先輩は冷蔵庫から取り出したリンゴを器用にウサギの形へと剥いていく。
「上手ですね」
「練習したんだよ?」
先輩はウサギや鳥の姿となったリンゴを皿に盛りつけ、ニコッと笑う。
「美味しいですね」
「ありがとう、みらいちゃん」
俺たちはリンゴを食べながら近況を話す。先輩はどの話題に対してもすごく楽しそうに興味を示してくれた。
「そうなんだ、みらいちゃん、合格したんだね。おめでとう」
「えへへ、ありがとうございます」
みらいは照れ臭そうに頭をかく。
「一也くんは今日だったの? ごめんね、大変だったでしょ?」
先輩が謝ろうとするが俺は慌てて止めた。
「いえいえ、受験が終わりこうしてゆっくり先輩と話したかったので」
「そう? それなら良いけど……」
先輩はそう言いながら何かに気づいたように俺たちの顔を見た。
「勘違いだったらごめんね、もしかして二人って……」
「はい、お付き合いさせてもらっています」
俺は堂々とみらいの手を取って言った。
「そっか」
先輩がベッドから降りて俺たち二人を抱きよせた。
「二人とも、幸せになってね……」
先輩はそう言ってしばらくした後、またベッドに戻った。
「そろそろリハビリも終わるし、退院したらまたクラブの皆でどこか行こうね、約束だよ?」
「ええ、お待ちしていますよ」
俺たちはそう言って病室を後にした。
「元気そうで何よりだな」
「そうだね。あ……、この後、時間ある?」
「ああ、大丈夫だが……」
「じゃあこれからデートしたい。ずっと……、寂しかったから……」
俺は申し訳なく思うとともに何だか可愛く思えてついつい笑ってしまった。
「悪かったな、今日はどこでも好きなところに連れてってやるよ!」
みらいの顔がほころび俺の手を引っ張る。
「じゃあ一緒に、駅のケーキ屋行こう! 店で食べられるらしいの!」
楽しそうな姿を見て俺は先輩との約束を絶対に守り抜こうと決めたのだった。
*
私たちはケーキ屋に着き、奥の二人席に座った。窓からは夕焼けが綺麗に差し込み、他にお客さんは居ないのかとても静かだった。私はチーズケーキ、一也はチョコケーキを頼んだ。
「何だかさ……。こうしていると、まるでカップルみたいだよね」
向かい合わせで座り注文品を待っている間、私はそんなことをふと感じた。
「おいおい、みたい、じゃないだろ?」
「そうだったね」
やがてケーキが運ばれてきた。
「お、かなり美味いな」
「でしょ、女子の中では有名な店らしいの」
「だろうな。そうだ、このチョコケーキ。少し食べてみろよ」
「良いの? じゃあ私のチーズケーキも」
私たちはお互いのケーキを一口ずつ、お互いの口に運ぶ。
「あ、すまん」
一也が手を滑らし私の頬にクリームをつけてしまう。
「今取るから大丈夫……」
私が言い終わる前に一也は私の頬からクリームを指で拭った。
「もう大丈夫だ」
私は真っ赤になって目をそらす。
「どうした?」
「もぅ、びっくりしたじゃない!」
「あ、すまん!」
「別に、嫌だったわけじゃ……」
その後、私たちは駅で別れ、ついでに画材を買っていこうと駅前のショッピングモールに寄った。
「確か、この色、もう無かったよな……」
私は絵の具のコーナーで無くなった分の色を買うことにした。
「あれ、神原先輩じゃないですか」
「お久しぶりっス」
二人の声に気が付き振り返る。
「どうしたの、こんなところで?」
「いや、トウィンズの映画を見るの、先輩に付き合ってもらったんスよ」
「特典が二種類らしいですから」
「へぇ、確か朝にやってる女の子のアニメだよね?」
日曜の朝、ヒーロー番組と並んで子供に大人気の変身ヒロイン番組だ。
「知ってるんスか? 今のはストーリーも凝っていて大人が見ても楽しめるんスよ!」
「そうなの?」
「そうっスよ、ねぇアキ先輩?」
「そうですね、ピンチになったまほとりえの二人を助けに来るアリスのシーンはなかなか感動しました」
「そうなんだ……」
全く話についていけない……。
「神原先輩はどうしてここに?」
「えっ! ま、まぁちょっと用事……?」
「わかった~! 彼氏とデートっスね?」
西馬さんにズバリと当てられる。誤魔化そうとするも言葉が出てこない。
「照れなくて良いっスよ。青春じゃないっスか!」
「いや、まぁ、そうなんだけど」
「西馬さん、先輩が困ってますよ?」
「あ、ごめんっス。……何か良いっスね、彼氏って。あたしもそんな人欲しいっス……。ま、無理っスけど」
西馬さんが苦笑いしながら呟く。そんなことないよと言う前に天美さんが口を開いた。
「貴女なら大丈夫でしょう、もし無理なら私が貰ってあげますよ」
「あ、アキ先輩~!」
西馬さんがアキちゃんに抱き着く。
いつのまにか、この子たちも成長してたんだなぁ……。仲良くしている二人を見て私はしんみりとそう思った。
*
受験も終わり俺は久しぶりに学校へ向かう。この高校では三年生の三学期はなく冬休みが終わっても受験の合否報告以外で高校の方に行くことは無い。懐かしい地下鉄を降り相変わらず長いエスカレータを上がっていく。桜が一面に咲いた門をくぐり俺は教室に入った。
「お、沢村。やっぱよ、なんだかんだ言っても三年って短けぇもんだな」
胸に花をつけた本田が俺に話しかけてきた。
「ああ、そうだな」
俺も机に置いてあった花をつけて椅子に座る。
「おはよう、今日は欠席……、なしだな」
桐生先生がスーツを着て教室に入ってきた。
「ついこないだまでまだまだ子供だったお前らが皆、一人一人の将来の道を決めて自分というものを創造してきた。すごいもんだ。お前らはこれから、ほかの誰でもない、お前たち自身にしかできないことをこれからしていくんだ。少し早いが……、卒業おめでとう」
いつでもひょうひょうとしている桐生先生とは思えない真剣な表情で言った。
やがて先生の話が終わり俺たちは体育館へと移動する。俺は拍手で迎える後輩の中からすぐに天美さんと西馬さんを見つけ出した。思えばたいしたことをしてやれなかったな……。そして俺たちは体育館前方のパイプ椅子に四人ずつ座っていく。それから少しして拍手がやんだ。
「開式の辞、一同起立!」
いよいよ俺たちの卒業式が始まる。
*
開式の辞、国歌、校歌斉唱が終わった。
「卒業証書授与。卒業証書、授与される者。A組、葦原吼!」
A組担任、桐生創先生によってA組の生徒が順に呼ばれていく。
「鏡勇気、神原みらい……」
「はい」
私は立ち上がった。桐生先生は冷静に呼んでいるつもりだが声が震えているのが私にはわかる。
「沢村一也……」
「はい」
一也も呼ばれた。私は一也よりも前だからわからないけど、きっと一也も堂々としている。そんな声だったから。
「以上、三十五名。代表、名護空」
名護くんが舞台へと上がり五代校長から卒業証書を受け取る。彼らしい丁寧な受け取り方で受け取り下へと降りた。
「着席」
やがてB、C、D組と続き次に校長先生の祝辞だ。
「皆、卒業おめでとう。君たちはこれから何度も人とぶつかり、悩み、逃げ出したくなることがあると思う。でも、だからってそれを否定したり相手を傷つけて解決しちゃいけない。人の気持ちになることはできないけれど、思いやることならきっとできるはずだ。きれいごとかもしれない、けどだからこそそれが現実になるような世界を君たちには作ってもらいたい」
最後に校長先生は笑顔で親指を挙げた。
「在校生、送辞。在校生代表、天美アキ」
私はそれを聞いて驚きながら舞台を見た。間違いない、あのアキちゃんだった。
「春、去年の私たちが……」
アキちゃんは紙も見ずに落ち着いて堂々と送辞を読み切った。
「卒業生、答辞。卒業生代表、呉島天下」
呉島くんも静かに答辞を読んでいく。私はそれを聞きながらこの三年間のことを思い出していた。思えば、私の隣にはいつも一也が居てくれた。彼が居てくれたからこそ私はここまで来れたのだろう。そう思うと私はなぜだか泣いていた。いや、皆泣いていた。この三年間の中で色々あったのは私たちだけじゃない。皆、それぞれの一日があり、三年があった。それがもうすぐ終わりを告げるのだから。
*
嫌だ。俺は泣かねぇって決めていた。中学校までずっと他人と積極的に関わってこなかったから俺は卒業式で泣いた事なんてなかった。なのに、どうしてだろうな……。
やがて呉島の答辞が終わり「蛍の光」、「仰げば尊し」を歌い卒業式は終わった。
式の後、俺は部室の方にも顔を出し、そのままみらいと学校の中を歩いていた。
「アキちゃん、すごく泣いてたね」
「式中は頑張っていたんだな、代表として」
「うん。あ、そういえばさ……」
みらいが俺の顔を心配そうに見る。俺は笑って足を止める。
「合格だった」
俺はみらいの頭を撫でながらそう言った。
「本当!? じゃあこれでお互い、桜咲く、だね!」
「ああ、ちゃんとお互い夢を叶えたんだ」
そこまで言うとみらいの顔が曇った。
「じゃあ、これからはしばらく会えないんだね……」
「……みらい、あの桜見てみろよ」
俺は校庭の一本の桜を指さした。
「えっ?」
「あの桜はさ、あそこで毎年、毎年、俺たち生徒を見守ってきたんだ。春が来るたびに。枯れない限りあいつはあそこでずっと立っている。だからさ、俺たちも枯れない限り、俺たちが好きでい続ける限り、いつだって会えるんだよ」
「そっか、そうだよね。……一也、これからもずっと好きでいてくれる?」
「もちろんだろ? 約束する」
そう言うとみらいは俺にギュッと抱きついた。彼女の頭には小さな桜の花びらが一枚、のっていた。
完
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