第5話「あの日の熱は忘れない」
「さぁ、今日は待ちに待った修学旅行だ!」
如月先生が子供みたいにはしゃいでいる。何だかその姿がすごく可愛らしくて思わず私も笑みをこぼす。鞄をバスの下に入れてもらって私は久しぶりの旅行にワクワクしながら座席へ向かった。
「みらいちゃん、こっち、こっち!」
あずさちゃんが後ろの方から手を振る。私はすぐにあずさちゃんの下へ向かい隣に座った。
「良かったね、クラス関係なしに自由に座れて」
「そうだね。えっと、今日は最初どこに行くんだっけ?」
あずさちゃんはすぐにしおりを取り出して確認してくれた。
「え~と、今日は……。伏見稲荷、清水寺、八坂神社とかだね」
「一日目は集団行動なんだよね、確か」
「うん、だから告白は明日だね!」
そう言ってあずさちゃんは笑う。
「も~、本当にするの……?」
「明日、この場所に来てって決めて連絡するんだよ?」
そんなことを言っている間にバスは京都に着いた。やっぱり、外国から来た観光客って多いんだな。道を歩いているのはほとんどが外国人でたまに私たちと同じ修学旅行生が見かけられる。
「ここが、伏見稲荷大社です。ここは奈良時代に……」
ガイドさんが歴史やスポットなどの様々なことを説明してくれた。
「それでは早速登っていきましょう」
ガイドさんを先頭にして私たちはいくつもの赤い鳥居をくぐっていく。ただ、どれも赤いといっても実際は色が一つずつ違う。多分作られた時期とかなのだろう。
「二百六十一、二百六十二、あれ、二百六十三だっけ? あ~、わかんなくなった!」
「何してるの、あずさちゃん?」
「いや、千本鳥居っていうから本当に千本あるのかなって」
「そういえばそうだね。どうなんだろう?」
やがて私たちは頂上に到達した。二人ずつ参拝して下山していく。
「何お願いしたの?」
「みらいちゃんの告白が上手くいきますようにって」
「えへへ、ありがとう」
その後もいろいろな場所を私たちは楽しんだ。絶景を楽しんだ清水寺、圧倒的な迫力に驚いた三十三間堂、そして八坂神社からの帰り道に先生が祇園で買ってくれた抹茶アイス……。
「どれも楽しかったね~」
ホテルのお風呂で私はあずさちゃんと今日のことを話していた。
「そうだね~、でも私はこんな風にのんびりするのが一番楽しいな~」
「も~、あずさちゃんったら」
「みらいちゃんも、せっかくの旅行だしホテルも楽しまないと勿体ないよ?」
「そうだね、どんなご飯かな~」
私がそう言うとあずさちゃんは一瞬、目線を落として言った。
「みらいちゃんはいっぱい食べて大きくなりなよ?」
「もぅ、どこ見て言ってんの! っていうか、これから大きくなるもん!」
私が背を向けるも後ろから寄りかかってくる。
「おやおや、どうして大きくなるのかな~?」
「も~、先に出るよ!」
私は呆れて脱衣所の方へ向かった。
「ごめん、ごめん、私も出るよ~!」
その後、食堂で夕食を終えた私は自室の布団に入って考えた。沢村くん、小さくても好きかな……?
*
今日は修学旅行二日目。で、嵐山の方を自由散策か。予定表を見たが別に行きたい場所はない。……ま、商店街でもぶらぶらして時間をつぶすか。
「おーい、沢村! アイス食おうぜ、アイス!」
「どこで売ってるんだ、それ?」
目を輝かせる本田を見てそんなに美味いなら食べてみたいと場所を尋ねる。
「嵐山駅だってよ! さっき買っていた奴が居て、ものすげぇ美味そうだったぜ!」
嵐山駅に着いた俺たちはとりあえず一緒に駅の傍の長椅子に座り食うことにした。
「ほんとだ、美味いな」
濃厚なバニラが口に入れた瞬間にとろけだし甘味が口いっぱいに広がる。
「だろ? 持って帰れるなら持って帰りたいぜ。そんでもって冷凍庫に百本ぐらい置いといて、いつでも欲しくなったら食べる!」
「馬鹿、溶けるだろ……」
「だからもしもの話だって」
そんなことを言っている俺たちの前に見慣れた奴が現れた。
「あれ、あんたこんなところで何してんの?」
霧島白鳥……。あの夏、俺と言い合った、いや、俺が言い負かされた後は一度も話していなかった。今更、何の用だってんだ。
「何してるって、お前こそ何してんだよ?」
「観光よ、見てわかんない?」
「こっちこそ、アイス食ってるだけだ」
「あっそ。そういえば、大事な彼女さんとは一緒に居ないの?」
「彼女って……。俺に彼女なんか居ねぇの、お前も知ってるだろ?」
そういった瞬間、霧島は俺を睨みつけた。
「はぁ⁉ あんた神原とまだ付き合ってないわけ? 意気地なしにも程があるわよ!」
「何だよ、うるせぇな! お前が俺とあいつの何を知ってるんだよ!」
「全部知ってるから言ってんのよ! あの子があんたのこと好きなのも、あんたがあの子のこと好きなのも、全部知ってんのよ!」
霧島は涙声だった。いつものあいつとはまるで違ったが何となくこれが本当の霧島の気持ちなんじゃないかと思った。
「お、おい……」
「話しかけないでって言ったでしょう? ……まぁいいわ。それよりあの子、あんたに告りたいようだけど言い出せないみたいよ」
「えっ、神原さんが……?」
俺は急な話に驚きながらも何とか話を続ける。
「そうよ、だからさっさと行ってやりなさい! あの子はあんたが必要なんだから」
「わかった。……何から何までありがとうな、霧島」
「ふん、別に良いわよ。それよりあの子のこと、泣かせたら承知しないわよ?」
「ああ、もちろんだよ……」
俺はそう言って荷物を持って立ち上がった。
「ところで神原さんはどこに居るんだ?」
「さっき渡月橋の方に居たからまだその辺りに居るんじゃない?」
霧島との話を聞いて、本田は俺のアイスを手に取った
「何だかわけわかんねぇけどよ、頑張れよ。応援してるぜ!」
「わかった。霧島、本田、ありがとう!」
俺は渡月橋の方へ向かって商店街を抜けた。渡月橋との十字路にたどり着いた俺は周りを見回し神原さんを探す。
「居た!」
間違いない。あの行儀良く整えられた小柄のショートカットのメガネ少女。紛れもない神原みらい、その人だ。
「神原さん!」
俺は神原さんの下へ駆け寄り声をかけた。
「えっ、沢村くん。どうしたの……?」
神原さんは戸惑っていたが横に居た委員長の女子は何かを察したらしく笑みを浮かべて走り去った。
「神原さん……。俺は今日、神原さんへの気持ちをはっきり伝えに来ました」
なぜか敬語になるが気にせず俺は続ける。
「俺は……、神原さんのことが好きだ!! 神原さんと俺がつり合うかなんて、そんなことどうだっていい! 俺は神原さんが好きなんだ!! 他の誰でもない、神原さんが!」
神原さんはしばらく黙って俺を見ていたがやがて口を開いた。
「私も……、沢村くんが、好きです!! 大好きです……!!」
手で涙を拭いながら神原さんは力強くそう言った。
「神原さん、ありがとう……」
俺もどうやら泣いているようだった。声が震える。
「沢村くん、お願いがあるの。聞いてもらえる……?」
「ああ、何だって構わん。何だ?」
そう言うと神原さんは俺の懐に飛び込んできた。
「しばらく……、こうしてもらっていて良い……、ですか?」
俺は何も言わないで肩と腰に手を添え神原さんを強く抱きしめた。何だか力を入れすぎたら壊れてしまいそうだった。
「あったかい……」
神原さんは静かにそう言って目をつむる。神原さんの息遣いや体温が体全体に伝わってきた。
「俺のお願いも、聞いてもらえるか……?」
*
「はい」
私はそう言って顔をあげた。
「また、目をつむってくれるか?」
沢村くんの言葉に従い私は再び目をつむる。
次の瞬間、私の口と沢村くんの口は触れ合っていた。優しくて穏やかな感触が体温と共に流れてくる。息遣いが、脈が、沢村くんの全てが私の下へ伝わる。私からもきっと同じ……。
何分ぐらい経ったのだろう。私たちは口を離し、またお互いを抱きしめていた。沢村くんは変わらず優しく、しっかりと私を抱きしめてくれた。
その日の夜、私と沢村くんは就寝時間を過ぎてからもお互いの部屋から通話していた。
「ねぇ、沢村くん?」
「何、神原さん?」
「沢村くんのこと、下の名前で呼んでいい?」
「もちろん。俺も下の名前で呼んでいいか?」
「ありがとう、一也くん。改めて、これからもよろしくね」
「こちらこそ。みらいさん、これからもよろしくな!」
それにしても……。
「ねぇ、さわ……、一也くん。ここって星が綺麗だよね」
「そうだな、かん……、みらいさんは星とか好きなのか?」
「うん、よく星空の絵とか描くんだよ」
「へぇ、また今度見てみたいな」
「いつでも言ってね。一也くんは?」
「俺も星は好きだな。特に神話とか……。なんかロマンがあるじゃん?」
「うんうん、わかる。面白いよね」
「だからさ、あの山にでっかい天文台あるだろ?」
窓から見える山の上に大きな天文台があった。
「うん、あれだね」
「あそこ大学なんだけどさ。俺、あそこに行って天文の勉強したいって思ってるんだ……。結構、難しい所なんだけどな」
「一也くんなら大丈夫だよ! ……でもそれなら卒業したら別々になっちゃうんだね」
「そうだな、みらいさんはどこに行きたいんだ?」
「私は……。もっと絵が上手になりたいんだ。小さい子供たちのための絵本の挿絵とか、描いてみたい。だから美大で、もっと絵の勉強がしたいの」
「そっか、さすがだな。……けどさ、大学が別々でも離ればなれにはならないんじゃないか?」
「えっ?」
「だってよ、俺たち、付き合ってるんだろ? お互いがお互いを好きでい続けたらいつだって会える。違うか?」
そうだ、そうだった。卒業したって別々の大学に行ったって私たちは私たちだ。会えなくなるわけじゃない。杞憂だったな、何だか照れくさくて笑った。
「うん、そうだね! 最後の一年、目一杯、楽しんで絶対に夢、叶えようね!」
「ああ、もちろんだ!」
*
次の日、俺たちは京都を去った。帰りのバスはどう座るかはみらいさんの、あんまり目立つのはちょっと……、という意見で行きと同じ席に座った。
「おいおい、お前どういうことだよ! 神原さんと付き合い始めたんだって? やるぅ~!」
本田が嬉しそうに騒ぎ立てる。
「うるさい、馬鹿」
「いやぁ~、しかしあれだけ他人に興味の無かったお前に彼女、か。父さんは嬉しいぞ!」
「誰が父さんだ!」
「お前と神原さんの間には赤い糸が結ばれていたってことだな!」
駄目だ、こいつ話を聞いてねぇ。俺は奴を無視してずっと眠っていた。やがてこいつも話題に飽きたらしく何かのスナック菓子を開けて食べ始めた。
赤い糸、か。もし俺とみらいさんの間にそんなものがあるとするならば、それは糸ではなく紐だ。二本が時間をかけて交わり、だが糸なんかより遥かに丈夫な……。そんな紐だろう。
修学旅行の後は一ヶ月も経たずに卒業式だ。式後、俺たちは一年の時と変わらず部室へ向かった。正確には同行するみらいさんの彼氏という地位に変化したことを除けば、だが。
「神原さん、沢村くん、アキちゃん! 皆、仲良く……、楽しく……!」
仮野部長は大泣きしている。部長らしくないようで部長らしい。
「みらい、沢村。アタシからは何もない。ただ、不幸にさせるんじゃないよ、お互いにね」
俺たちが不思議そうにしていると湊先輩は一言加えた。
「アンタたち、すごくわかりやすいし純粋だからね。危ないことはするんじゃない。わかったかい?」
「そうだな、それにお前らは今からここで最年長になるんだ。後輩に心配だけはかけるな、いいな?」
桜井先輩が俺たちの頭をポンと叩いた。みらいさんは一瞬、俺と天美さんの方を見て、再び先輩たちの方を向いて頭を下げる。
「はい! 仮野先輩、湊先輩、桜井先輩。今まで本当にありがとうございました!!」
新部長であるみらいさんの号令の後、俺と天美さんもありがとうございましたと頭を下げた。あと一年で俺も向こう側に立っている。そんな自分を想像しながら桜の木の下をくぐって帰った。
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