第2話「あの人は友達」

 夏休みが終わり校内は文化祭に向けて飾り付けられていった。私たちのクラスは手塚くんの意見で占いをすることになったけどそれほど準備に時間も人手も必要ないからとクラブの方を手伝ってきてもいいことになった。

「こんにちは」

文芸部も文化祭に向けて製本したり室内の飾りつけをしたりと大忙しだ。私が来た時も先輩たちは既に到着して売り物である栞や団扇に取り掛かっていた。

「じゃあ、一緒に黒板装飾手伝ってくれる……?」

美咲先輩の指示を受けて私は黒板に文芸部の文字と周りに花を添える。

「ありがとう、それじゃ次は……」

「あれ?」

後ろにいたはずの美咲先輩の声が途切れた。

「どうしたんですか? ……きゃあ!」

振り返ってみると美咲先輩は真っ青な顔をして倒れている。私はすぐに部長と共に保健室へ連れて行った。

 私たちが美咲先輩を連れていくと保健室の宝生先生は驚いて担任の城戸先生を呼んだ。

「う~ん、ちょっと病院の方に連絡しといたから君たちは部活に戻りなさい」

先生の深刻な表情に私たちは仕方なく部室に戻ったが、当然、作業は中断している。

「部長、美咲先輩はどうでしたか!?」

沢村くんが部長に尋ねるが、部長は黙ったままだった。

「部長、一年生にも言っといたほうが良かったんじゃないですか?」

重々しい空気の中、桜井先輩が口を開いた。

「そうねぇ、うん。わかった」

部長は自分に言い聞かせるように頷き私たちに向かって話し始めた。

「あの子は、もともと体が良くなくてね。入学してここに入る前からずっと……。最近は部活にも顔を出していたからちょっと元気になったのかなって思っていたけど、やっぱり無理していたのかなぁ……」

その瞬間、部長の電話が鳴った。美咲先輩だ。私たちは部長の下へ集まりビデオ通話にして画面を覗く。

「ごめんね……」

映し出された先輩は病院のベッドでせき込みながら座っていた。

「実は私ね、入院することになっちゃったの……。忙しいのにごめんね……」

「そんなことないですよ、それより具合は……?」

部長の問いかけに美咲先輩は辛そうな顔をして答えた。

「そのことなんだけどね……。私、もうダメかなって……。だから文化祭行けないかな、楽しみにしてたんだけど」

「そんな……」

私が泣きそうな顔をしたのに気付いたのか、美咲先輩は精一杯、笑顔を作って言った。

「そんな泣きそうな顔しないで。今年の文化祭は行けないけど、きっと来年は見に行けるから……。そのときはみらいちゃんと一也くんと同じ学年だね、ふふふ」

私は何も返せなかった。美咲先輩は私に初めて声をかけてくれた先輩で、いつも優しく話しかけてくれたのに……。何も恩返しできていないのに……。

 私たちの気持ちの整理がつく前に無機質なチャイムが鳴り響く。それから帰るまでの間、私たちは一言も喋らなかった。

  *

 俺は平常心を装いながら帰ったつもりだった。だが実際には動揺しまくっていたようで部活の帰り道、俺は前から走ってきた自転車にぶつかりかけた。きちんと前を向いて歩けバカ、か。今の俺にそんな余裕は無かった。何でなんだよ、どうしてあんなに真面目で俺なんかにも優しかった先輩が……!

 家に帰った俺は食事に手も付けず自分の部屋にいった。そしてベッドに寝転がりながらこの前、山に行った時の写真を眺めた。

「あのときからだったのか、言ってくれたら山なんて……」

俺のせいだと呟いた瞬間、スマホの通知が来た。美咲先輩からだ、俺はすぐに開いた。

「今日はごめんね。一也くんはいつも落ち着いた人で、でもいざというときにはすごく頼りになる人で、かっこいいなって思ってたよ。今回のこと、あまり一也くんは引きずらないで前を向いて頑張ってください! 私はそんな一也くんが見たいです。それにもう会えないわけじゃないよ、またみんなでどこか行こうね」

俺はその文章を一文字一文字何度も読み返し、そして返事を送った。

 前を向いて歩いて、か。……そうだな。俺はスマホに落ちた水滴を拭いて立ち上がった。まずはこの文化祭、成功させないと。スマホを置いて俺は台所に向かう。冷え切った夕飯の残りを電子レンジに入れた。

 それから四日後、先輩は学校を自主退学した。文化祭が始まる一週間ほど前だった。

  *

 文化祭当日、私はあずさちゃんと店を回っていた。あの日、先輩と話してから私はずっとそれを引きずっていたがあずさちゃんの励ましで何とか立ち直ることが出来たように思える。先輩もクヨクヨしている私なんて嫌いだろうし、何より立ち止まっていてもダメだから。それに私たちが精一杯文化祭を楽しむことこそ先輩が望んでいることだと思うし。

「みらいちゃん、次どこ行く?」

「そうだなぁ……。じゃあ、あのケーキカフェは?」

「鏡くんのクラスの? よし、じゃあ行こう!」

思えばずっと私は部活ばっかりだったからあんまりあずさちゃんと一緒に居られてなかったな……。

「鏡くん、すっごくケーキ上手に作るよね」

「昔はそんなに好きじゃなかったらしいけど……」

「城乃内くんたちと前、ケーキ作ってからハマったんだって」

「へ~、そうなんだ」

「可愛い彼女さんも居るしイケメンだしすごいよね」

あずさちゃんはそう言うと私の目を見つめて何気なく尋ねた。

「そういえば、みらいちゃんは好きな人とか居るの?」

突然の問いかけに対して私は慌てながら返答の言葉を考えた。

「今は……、うん。特に、居ないかな……」

あずさちゃんはその言葉に意外そうな顔をした。

「そうなんだ! この間、沢村くんと二人で帰ってたのを見たからてっきり好きなのかなって」

「ち、違うよ! ただ同じ部活ってだけで……」

「ふふ。ま、いっか。それじゃごちそうさま!」

「ごちそうさま、美味しかったね」

「うん、それじゃあ私そろそろ行かなきゃならないから。良かったら来てね!」

「うん、わかった!」

あずさちゃんは大きな黒い鞄を持って体育館の方へ走っていった。その姿を見ながら私はさっきの話を頭の中で何度も繰り返していた。沢村くんのこと、か。なんだろう、この気持ち……。

  *

 隣で本田が唐揚げの串を持って満足そうにしている。

「ふう、食った、食った」

何とかあの日のことから立ち直って見ると気づけばもう文化祭だった。俺は本田と回っていたが、実の所、本心では横に可愛い女子でも連れて歩きたいところだが生憎俺にそんな相手は居ない……、となれば一人で回るよりは楽しいだろうと結論を出したわけだ。

「そういえばさ、体育館でライブやるらしいから行こうぜ!」

「ライブか、珍しいな。お前がそんなもの見に行きたがるなんて」

「おいおい、軽音部にはあのかわいい子が居ただろ? 確かお前のクラスの委員長やってるって」

「ああ、確かそんな子が居たっけな」

「良いよな~。あんな子がクラスに居るなんて。俺の方はスポーツ推薦クラスだからそういうタイプの子、居ないんだぜ!」

「わかった、わかった。あまり大声でそんなこと言うなよ」

本田の声に周りが注目してきたので俺はボリュームを下げるように言った。

「何だよ、つれないな。……あ、そっか。お前のタイプは神原さんみたいな人だもんな!」

俺は持っていたジュースを吹き出しかけた。

「はぁ? 何言ってんだよ!」

俺はむせ返しながら聞き返す。

「え~、違うのか? でも同じ部活だし良い感じだと思うけどな」

「お前な……」

同じ部活だけでカップルになれたら世の中のほとんどはリア充だろう。そう俺が教えてやる前にこいつはライブが始まるから急げとか言って走り出した。本当にこいつは……、と俺は呆れながらも他のことを考えていた。神原さんか……。いや、あんな人は俺なんか興味がないだろうな。

  *

 文化祭も終わり、冬休み。宿題も部の作品ももう終わってしまった。どうしようか、何もすることがない。本当は先輩たちと一緒に初詣に行こうと思っていたんだけど、皆帰省するみたいで。沢村くんは空いてたみたいだけど何となく誘えなかった。なんでだろう……。

「……そうだ絵でも描きに行こうっと!」

私は何本かのペンとスケッチブックを持って自転車に乗った。私は何かもやもやしたときはいつも町の高台にある公園で絵を描くことにしている。家から少し遠いけどとてもいい場所で気持ちいい風が町の方から吹いてくる。

 でも今日はなんでだろう、絵を描いてもこのもやもやは晴れない。

「あ、神原さん! この近くに住んでたんだ!」

急に大きな声をかけられた私は驚いてペンを落としてしまった。

「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけどな~」

ペンを拾ってくれたその女性は仮野先輩だった。先輩もこの近くに住んでいて、たまにこの場所に絵を描きに来るそうだ。

「そっか、何か心に引っかかるものがあるんだね」

「はい、自分でもその理由がわからなくて……」

「うーん、でもね。今、わからないってことは今、答えを出す必要は無いってことだと思うよ! 来週、来月、もしかしたら一年後とかに解決するかもしれない。だからさ、今はそれ、忘れちゃってもいいと思うよ!」

先輩は笑顔でそう言った。そうか……。そう、だよね。別に今、このもやもやの正体を探さなくてもいいんだ……。

「先輩、ありがとうございました!」

「お、お役に立てたのかな? それじゃせっかく夕日もきれいだし、描いて帰ろっか?」

「はい!」

その日完成した絵はとても鮮やかで、描き終えた頃には私はいつのまにかもやもやのことを忘れていた。

  *

 冬休みが終わると春休みまではあっという間だった。

「こうしてみると、一年も結構早いもんだな……」

だらだらと授業を受け、学年末テストも終えた俺は何とも言えぬ感情でボーっとカレンダーを眺めていた。

「明日は先輩の卒業式か……」

湊先輩に渡されたメッセージカードももうすでに書いて鞄に入れた。だが未だに卒業という実感がわかない。何だか来年も部室に行けば光部長が居るような気がする。けど……。

「実際はもう会えない……」

 次の日、卒業式は滞りなく進行し、そして終了した。俺たちは部室に集まりお別れ会としてメッセージカードやお菓子などのプレゼントを部長に渡した。仮野先輩や神原さんは部長が来た瞬間に泣いてしまったが部長はこんな日でもニコニコと笑っていた。何で、何で笑っていられるんだ。

「先輩、悲しくは……、ないんですか?」

つい俺は聞いてしまった。部長は不思議そうに俺の顔を見る。

「なんで悲しいんですかぁ?」

部長はそう言って首を傾げた。俺は予想もしていなかった返答に言葉が出ない。すると、部長は俺の頭を優しくなでた。

「人と別れるときに悲しいって思うのは心残りがあるからなんですよぅ。私は二年生の方とも、一年生の方とも、悔いの無いように精一杯話して楽しんできました。だから、卒業だからといって悲しむ必要はありません」

部長は優しく微笑んでそう言った。

「だから沢村くんもこれから二年間、悔いの無いように自分の気持ちに素直に過ごすんですよ」

部長はそう言って教室の方へ向かって行った。

「部長も、嘘が下手な人だねェ、涙が光っていたじゃないか」

湊先輩が光部長が去っていった方を見ながら呟いた。

「え、でも……」

「あんたも鈍いやつだね、たとえ悔いは無くてもずっと一緒に居たんだ、寂しくないわけないだろう?」

 人とはいつか別れるしそれは寂しい。だからこそ、その付き合いを悔いの無いように……、か。果たして俺はそう、できるだろうか。窓から見える桜の木に俺は再来年の自分を重ねてみた。

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