第8話 放課後の事件

 次の日の放課後。


「クララ様ー!!」

「あ、ライリー様」


 後ろからライリーが走ってやってくる。現在二人がいるのは他の人がいなくなった、音楽室の前の廊下。ライリーは、なぜだか焦っている様子だ。


「どうされたんですか?」

「ちょっと、あって……」


 全速で走ってきたのか、とても息切れしているライリー。膝に手をついて、はぁ、はぁと呼吸をし、息を整えてからクララに目を向ける。ライリーの目は、何かを訴えようとしている目だ。


「2体、妖魔が町に現れたらしいんです」

「2体……ですか」


 最近、妖魔は複数で固まって出てくることが多い。今回は2体だから、最近の出現数から比べれば、少ない方だろうか。


 しかし、なぜライリーがこれだけ焦っているのだろう。クララは、理由を思い浮かべることができない。ライリーは、複雑な表情をして、クララに向き合った。


「町に現れた妖魔ですが、町の人たちで対処できなくなっているらしいんです。それで、俺たちで対処をすることになりまして……」

「……え?」


 ついつい、大きな声を出してしまう。ライリーが焦っていたのはこれのことか。クララは、顎に手を当てる。


「……あの……ライリー様? なぜそのような話になったのでしょうか?」

「実は……最初、町の安全対策課が対処に向かったようなのですが、それに失敗して、シェイラ様と俺のところに依頼が来ました」


(姉様に……?)


 少しだけ驚くクララ。町で対処できないようなことが起こったときに、シェイラに依頼が来ていることもあるということを知らなかったからだ。妹なのに。もしかしたら、親たちは知っていたのかもしれない。


 なんだか、モヤモヤする。あの親たちは知っていて、自分は知らない。クララは、このとき久しぶりに親を憎みたい気持ちになった。


 ライリーは、クララの沈んだ雰囲気が少しだけ心配になったが、そのまま続ける。


「ですが、今日はシェイラ様か生徒会の仕事があったので、俺ともう一人誰か連れてこいと言われたので……」

「それで、私にお願いに来た、と」

「そうです」


 ライリーが頷く。クララは、どうするか、結論を出すことができない。自分は、「落ちこぼれ王女」なのだ。そんな人が町に出て行って討伐をしていたら、間違いなく噂になる。それだけは避けたい。


 一瞬、自分を虐げてきていた奴らは助けなくてもいいのでは、という考えが浮かび上がってくる。先にひどいことをしたのはあちらの方だ。自分がやっても、大丈夫なのでは……?


 しかし、クララは首を横に振ってその考えを吹き飛ばす。人を殺すのだけは絶対にダメだ。悪い奴らだったとしても、命は有限。多くの人が死んだと知ったら、シェイラが悲しむだろう。


「あの、あまりバレたくないんですけど……」

「あぁ、人払いは完璧ですよ。僕たち以外入れないようにしてあります。それに、結界を張ればなんとかなりますよ」


 結界とは、外部からの干渉を妨げるものだ。その術を展開している魔導師よりも圧倒的に強い者を除き、その中に入ることもできなければ、見ることもできなくする。


 クララは、結界を張るなら噂になる心配もなさそうだと考える。ライリーといることで、多少の混乱はあるかもしれないが、人払いがされているなら大丈夫だろう。


「分かりました。私も同行します」

「ありがとうございます! クララ様」


 うれしそうににっこり笑うライリー。クララも、それにつられてにっこりと微笑む。


「それでは、いきましょうか」

「えぇ」


 二人は、荷物を音楽室のドアに立てかけると、町へ向けて走り出す。走って向かっている途中、ライリーが口を開いた。


「クララ様。相棒なんだから、敬語はいりませんよ。俺も、ため口で話すようにするので」


 歯を見せてニカッと笑うライリー。しかしクララは、不思議に思う気持ちを隠すのに精一杯だ。


(そっちが敬語に直したから敬語のままで話していたんじゃないの)


 ちょっとだけイラッとする気持ちもあったが、シェイラの他に対等に話そうとしてくれる人は初めてだったので、今日のところは許すことにしたクララだった。


                              つづく

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