第5話 クララの秘密

 とうとう断れなくなってしまったクララは、ライリーの要求をのむことにした。2人は微妙に距離を保ちながら、ライリーが前、クララが後ろからそれについていく形で、日の光が差し込む廊下を歩いていく。もうすぐ、夕方になろうとしている。


 そんな沈んで行こうとしている太陽と共に、オレンジ色に染まる廊下を歩くクララの気持ちも沈んでいた。


(あの場には1年C組の生徒が全員いたわ。みなさま噂好きの方々ではないから、大きな噂にはならないでしょうけど、余計に睨まれやすくなってしまったわね……)


 はぁ、とため息をつく。これから卒業するまで、余計にきつい目で見られることになるなんて。幸先が不安でしかない。


 そんなふうにクララが頭を悩ませていると、とある教室の前でライリーが立ち止まる。その教室は、音楽室前。


「ここなら誰も来ないし、何よりクララ様が話しやすいでしょ?」

「っ!? どうしてそれを……」

「どうしてって……帰るときに寄ってるのを見たから」

「!?」


 しくじった。よりにもよって、毎日のように音楽室に通っていたことがバレてしまうなんて。クララは、このとき人生で初めて穴があったら入りたいと思った。


 唯一の特技がピアノを弾くこと——本当は魔法もなのだが——であるクララにとって、音楽室は落ち着ける場所だ。その上、家にいても気まずいだけなので、音楽室に寄ってから帰るようにしていた。もちろん、学校からの許可は取ってある。誰にもバレないようにと細心の注意を払っていたつもりだったのだが……。


(いつ見られてたのかしら。恥ずかしいし、もし見られたらまた何か言われるからバレないようにしていたのに……!)


 ライリーは、クララが恥ずかしさで顔を真っ赤に染めていることはお構いなしに、音楽室のドアを開ける。すると、中から暖かい空気が流れ出てきた。窓の外に目をやると、日が先程よりも落ちてきている。もう、夕方だ。


「どうぞ」

「お、お邪魔します……」


 恐る恐る音楽室に入ったクララは、そーっとドアを閉める。いつもは落ち着ける場所である音楽室が、恐ろしいところのように感じられてしまう。ライリーが目の前に立っているからだろうか。


「単刀直入に言っていい?」

「? まぁ、どうぞ……」


 何を聞かれるのかも分からないのだから、単刀直入に、と言われても「どうぞ」と答えるしかない。クララが頷くと、ライリーはうれしそうににっこりと微笑む。


「良かった。じゃあ、そうさせてもらうよ。……クララ様。あなた、強い魔力を持っていること、隠してるでしょ」

「っ!?」


 なぜ、この男にバレているのだろうか。隠せていたはずなのに。誰にもバレていなかったはずなのに。クララは、びっくりして声も出ない。それどころか、口をぽっかりと開けたまま動けなくなってしまった。


「巧みに魔力を隠してるけど、そもそも強い力を持ってる人には隠蔽魔法は無意味だよ。恐らく、あなたは俺と同等以上の力を持ってる」


 ライリーは稀に生まれる強い力の持ち主で、確かシェイラよりも強い魔力量を持っていたはず。それだけ強ければ、バレてしまうのも当然なのかもしれない。


「そ、それはそうと、どのような用件で私を呼び出したのか、教えていただけると……」

「あ、そうだ……」


 ライリーは思い出した、というように口を小さく開け、目を少しだけ見開く。そして、クララとの距離を三歩分だけ縮める。


(……!?)


 突然距離が縮まったことによる驚きで、クララは声を出せない。クララは、少しだけ後ずさりをする。その上、驚いたことによる反動でクララはライリーのことをにらみつけた。


 しかし、ライリーはそんなことを気にしない。クララのかわいげのあるにらみ顔を鼻で笑うと、口を開く。


クララ様落ちこぼれ王女様。俺の秘密、教えてやろうか……?」


 いきなり秘密を教えてやるとか言ってくる。そこに至った動機が読めない。


(なんでこの人は私に突っかかってくるのかしら!?)


 クララは、反射的にライリーをにらみつける表情をさらに険しくさせた。


                              つづく

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