第2話 覚醒した力

「エリック!!」

「!?」


 突然の焦ったような叫び声によって、クララの眠気と穏やかな雰囲気は一瞬にして吹き飛んでしまう。この大きな叫び声は、あの女性が放ったもの。クララは女性が鬼気迫った表情をして見ている方向を見てみる。


 その方向は、池の方だった。暗くてはっきりとは見えないが、それでも何かが浮いているのが分かる。——あれは恐らく、先程の男の子が着ていた上着だ。


(もしかして、男の子が池に落ちた!?)


 女性の鬼気迫った表情と、池に浮かぶ男の子の上着……。それらから、男の子が池に落ちたであろうことをクララは察した。


 それが分かると、もう突っ立っている訳にはいかなかった。女性の方は、先程から男の子を助け出すために池に飛び込もうとしている。しかし、この池はかなりの深さがあることをクララは知っていた。飛び込んだら、恐らく二人とも溺れて死んでしまうだろう。


(しょうがない……!)


 クララは、池の方向に手を向ける。おまじない程度しか使えないとか、そんなことを考えている暇はない。少しでも男の子が助かる可能性を上げなければ。クララは、指先に魔力を込める。意識は池の上着が浮いているあたりに。集中しているせいか、いつもより魔力がたくさんたまっている気がする。


『水よ、子どもを助ける手助けをせよ』


 そう唱えた直後は、やはり何も起こらなかった。


(そうよね。「落ちこぼれ王女」の実力は、こんなものよね)


 そう思うと、だんだんと悲しくなってくる。もうほとんど諦めて、池に向けた手を下ろそうとしたそのとき……!


ドン!!


 いきなり、爆発したかのような大きな音がする。しかも、目の前は夕方の今頃ではあり得ないくらいに明るくなった。……目を、開けていられない。


 いきなりの明るさが途切れると、クララは恐る恐る目を開けてみる。もう、目の前では何も起こっていない。——池に落ちてしまったはずの男の子が、岸に上がっていることを除いて。


「エリック!! 助かったのね!!」


 女性は、岸に上がっていた男の子のところに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。男の子の手が、ピクッと動くのが見える。男の子は、女性の腕の中で目を開いた。


「ママ……」

「どうしたの? エリック?」

「あのお姉ちゃんが、助けてくれた……」


 男の子が指さした方向は、クララのいるところ。女性は、クララのことを一目見ると、苦笑いに見える微笑みを男の子に返す。


「エリック。それは違うと思うわ。だって彼女は、「落ちこぼれ王女」様よ?」


 男の子は、女性の答えに少々納得していないようだったが、それでも助かったことに変わりはないので、とりあえず良かったと思うことにした。



 一方、クララはというと、自分の目の前で起こっていることと男の子が自分を指さしたことに心底驚いていた。信じられなさすぎてまじまじと自分の手を見つめる。その上、言葉も出ない。


(私が……助けた? ……確かに……強い力を感じるけど……)


 恐らく、この力はシェイラのそれよりも強いだろう。なぜだかクララの頰に、涙が伝ってくる。


「なんで……? 何で今更……?」


ほとんどやけくそになって言う。少なめだったはずの涙は、いつの間にか大粒の涙に変わっていた。


「……このまま力がばれたら、ことごとく力を利用される。今まで邪険にしてきたことも、全部忘れて」


 クララは、すうっと思いっきり息を吸う。もう、泣いてる暇はない。


「よし! 決めた! この力は隠し通す! 利用されるなんてまっぴらごめん。平穏無事に生きてやる——!」


 このクララの決断の言葉は、遠くまで響いていた。しかし、このとき誰も思ってはいなかった。この決断が今後のクララの人生と、マレイド王国の未来を大きく変えることになるとは——。


                              つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る