第9話 見做すということについて

「怪物とは……酷い言い方ですね」


 俺がぼんやりとしていると、そんな言葉が聞こえてきた。


 言葉の主は……フィーナだった。


「……酷い? 俺は的確に物事を言っているだけだよ。シスター」


「勇者ミサキは、怪物などではありません。我々人類を魔王から救ってくれたのです」


 そう言ってからフィーナは手を組んで祈るようなポーズを取る。


「ミサキは……そう。救世主なのです」


 俺とベルノルトは唖然としてしまった。しかし、フィーナは慈愛に見た笑顔でそのさきを続ける。


「だって、そうでしょう? ミサキがいなければ世界は魔王に支配されていた。ミサキを救世主と言わずしてなんというのです」


「……魔王など、もう少し時間が稼げればドナツの科学力でどうにかできた」


「フフッ。ベルノルトさん。それは、負け惜しみ、というのではないですか?」


 フィーナはベルノルトにそう言う。ベルノルトはムッとした顔でフィーナを見る。


「あら? 私は的確に物事を言っただけですよ」


 そう言われてしまうと、ベルノルトは何も言えなくなってしまった。やはり、メリルの言っていた通り、このフィーナというシスターも……只者ではない。


「……まぁ、いい。我がドナツは勇者ミサキを怪物と見做している。そして、イローナはミサキを救世主と見做している、と。ちなみに……ジャフテではどのように見做しているんだい?」


 ベルノルトにそう聞かれ、フィーナも俺の方を見る。怪物、救世主……そして、俺の頭の中で、ミサキの顔が思い浮かんだ。


「……そのどちらでもありません」


「ほぉ。では、どのように――」


「ミサキは……俺の仲間です」


 俺は短くではあるが、はっきりと、二人に聞こえるようにそう言った。


 しばらくの沈黙が場を支配する。それから、聞こえてきたのは……拍手の音だった。


 ベルノルトが笑顔で拍手している。


「素晴らしい回答だ。100点満点と言っていい。そうだよな? 一緒に旅をしてきた君ならそう言うだろう」


「……はい。いけませんか?」


「いや、結構だ。無論、君と君たちだけの問題ならば、ね」


 そう言ってからベルノルトはメガネの奥の瞳を鋭くさせる。


「しかし……何度も言うようだが、もはや、問題は君と、君の仲間だけの問題じゃないんだ」


「……でも! 世界を救ったのは俺たちで……別にミサキだって! これから自由にしてもいいんじゃないですか!?」


 俺がそう言うとベルノルトがめんどくさそうにため息をついてから、俺から視線をそらす。


「クロウさん」


 そんなベルノルトとは反対に、静かな声で俺に話しかけてきたのは、フィーナだった。


「……はい」


「では、お聞きします。もし……ミサキさんが、暴れたら、止めることができますか?」


「……え?」


 俺が聞き返すと、フィーナはそれまでの笑顔を一瞬で消滅させ、鋭い視線で俺を見る。


「もし……勇者ミサキが世界に対して反旗を翻した時……アナタやアナタの仲間たちは、勇者ミサキを止めることが出来るのですか?」


 その質問は……鋭い刃になって俺の身体に突き刺さったのであった。

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