第7話 問題について

「まずは、問題を整理しようか」


 そうベルノルトが言うと、軍服姿の別の人間がベルノルトに書類を持ってくる。見ると、既にベルノルトの背後には複数の軍人が立っていた。1人は大量の書類を持ち、1人はノートにひたすら書き込んでいる……おそらく、補佐役なのだろう。


 フィーナの方を見てもその背後には二人の修道服の少女がいる。記録役と資料役……こちらも補佐役なのだろう。


 補佐がいないのは俺だけ……といっても、俺には必要ない。一応、俺は魔法使いだ。


 記録魔法と記憶魔法……この会談におけるあらゆる情報を俺は魔法で潜在的な記憶野菜から取り出すことができるし、全ての会話は記録できるのだ。


 こういうときだけは魔法使いであってよかったと思うと同時に、この魔法が使えなければこんな大役も任されなかったのだろうなと後悔する。


「この会談で話し合うことは大きく分けると2つだ。1つは、魔王がこれまで支配していた地域……いわゆる『魔界』という領地の管理について。現在は我がドナツとイローナが分割して統治しているが、この状態が続くのは……ドナツ側としてはあまり良くないと考える」


 そう言うとフィーナがピクリと眉間を動かす。


「良くない、とは……どういう意味でしょうか?」


 それに対してベルノルトは笑顔で応える。


「既に両国間の占領軍の間で小競り合いが起きている。後、現地の住人……まぁ、これは魔物ってことなんだけど、そいつらが断続的に反乱を起こしていてね。非常に厄介なんだよね」


「それは……イローナではあまり聞かない話でしたが、ドナツ側ではそうなのですね」


 信じられないという表情で、フィーナはそう言う。


「……どういう意味かな?」


 今度はベルノルトが貼り付けたような笑顔で訊ねる。


「イローナ側では反乱など聞いたことが在りません。既に多くの魔界の住人はイローナの神への信仰を獲得し、聖皇女様の統治に感謝していると聞きます」


 笑顔でそう応えるフィーナ。ベルノルトは肩をすくめる。


「なるほど。そちらの占領地域では、洗脳は完了している、というわけか」


 ベルノルトがそう言うと、フィーナは笑顔を崩さぬままに、ベルノルトの方を見る。


「……神への信仰を洗脳としか認識できないとは、ドナツの国民は皆そのような、異端者なのですか?」


「いえいえ。ドナツの国民は皆現実主義者だよ。イローナの国民のようにいるかどうかもわからない神に祈る夢見がちな夢想家達とは違ってね」


 暫くの間沈黙が場を支配する。


 ……いやいや。開始数分であまりにも険悪になりすぎだろう。こんな状況のもとで、話し合いを続けなければならないのか?


「え、えっと……あの……」


 俺が思わずこの場をどうにかしようとして口を出そうとしていた矢先、ベルノルトがこちらを向く。


「……といっても、そちらの問題は取るに足らない小さな問題……正直、どうでもいいんだ。イローナとドナツで解決すればいい問題だしね」


 そう言って、今一度ベルノルトはニッコリと微笑む。


「もう一つの問題……勇者ミサキの管理をどの国家が行うか、に比べればね」


 ベルノルトとフィーナの視線が俺に注がれ、俺はそのまま、何も言えなくなってしまうのであった。

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