第5話 油断ならない相手について
そんな声をあげて、こちらに走ってくるのは修道服の少女だった。
「メリル!」
ミサキが嬉しそうに声をあげる。魔王討伐パーティのヒーラー、メリルだ。
「勇者様~! 会いたかったです!」
そう言ってミサキに飛びついてくるメリル。ミサキは苦笑いしているが嬉しそうだった。
「……あ。クロウ。アンタもいたの」
「あはは……。久しぶり」
相変わらず俺には塩対応である。まぁ、それは魔王討伐までの旅の間中そうだったので、今更気にならないが。
「しかし、アンタがジャフテの全権大使で大丈夫なわけ?」
バカにした調子でそういうメリル。実際、俺自信も不安なので、何も言い返せなかった。
と、急にメリルが俺に近づいてくる。
「ちょっと、耳貸しなさいよ」
「え? な、何?」
言われるままに耳を傾けると、メリルは小声でささやく。
「フィーナお姉様には気をつけなさいよ。あの人……何考えているかわからないから」
それだけ言うとメリルはすぐに俺から離れる。
「さぁ、勇者様! 私達は別室で会議が終わるまで待機だそうですよ! 久しぶりに色々お話しましょうね!」
「え……。あ、あぁ……。クロウ! 頑張ってね!」
そう言って半ば強制的にミサキはメリルに連れて行かれてしまった。
メリルが言った名前、フィーナというのは、メリルの出身国、神聖イローナ皇国全権大使の名前だ。
「一筋縄ではいかないタイプ、ってことか……」
「何をブツブツ言っているんだ?」
と、俺の背後からいきなり聞こえてきた声で俺は思わず驚いてしまう。
見ると、俺の背後にはいつのまにか軍服姿の女性が立っていた。
「ダネス……その格好」
魔王討伐パーティの戦士役、ダネスは相変わらずの無表情だったが、いつもの鎧姿ではなく、ドナツ帝国の軍服のようだった。
「ドナツに帰ってきたらこの服を着るように言われた。軍での階級も与えられてな。中尉らしい」
「へぇ……。すごいな。ダネスは」
俺は思わずそう言ってしまう。魔王討伐パーティで何度も俺のピンチを救ってくれたのは彼女だ。
いつも仏頂面なのが問題だとは思うが……恩義は感じている。
「どうでもいい。階級など」
本当にどうでもよさそうな顔でダネスは言った。それから、急に俺に何かを差し出してきた。
ダネスが差し出してきたのは、小さなメモのようだった。
「え?」
ダネスは何も言わず視線だけで受け取れ、と言っているようだった。俺は言われるままにメモを受け取る。
「……ドナツの全権大使は私ではないからな。私も別室で待機している。せいぜい頑張れよ」
そう言ってダネスも行ってしまった。俺はダネスが去った後で、メモを見てみる。
「『ベルノルト少佐には気をつけろ』……? これって……」
ベルノルトといえば、ドナツ帝国の全権大使の名前である。俺はメモをポケットにしまい込んだ後で思わず苦笑いしてしまう。
「……どうやら、油断ならない相手ばかりみたいだな」
俺は今一度警戒を強めながら、会談が行われるとされる会議の間へ向かう。
これまではパーティの仲間と一緒に旅をしてきた。だが……これからは対峙する相手には、俺1人で立ち向かわなければならない。
俺だけでどうにかできるだろうか……。いや、どうにかしなければならない。
俺はそう強く気持ちを持った。待ち受ける相手がある意味では、魔王以上に強敵であることをこの時は知らなかったからである。
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