第33話 立ち直り

 自分より強い子には容赦しない。

 部屋の施錠は脆弱性があり、コツを掴めば外から簡単に解除できた。

 プライバシーが叫ばれる昨今、人の部屋に侵入するのは如何なものか? BPOがうるさいかもしれない。否、相手は女神。ゆえに、人権は適用されない。


「フレイヤ、くよくよタイムはもう済んだか? そろそろ、反撃の後半戦に突入しようぜ」

「……」


 返事がない。ただの無視のようだ。

 くだんの女神は、テーブルに突っ伏して座っていた。

 俺は正面側に腰を下ろし、テーブルをタンタンタンと指を連弾していく。

 すると、鬱陶しさに負けたフレイヤが反応を示した。


「隆はもう、いつ消滅してもおかしくない。別に、今から<異世界転生>に移籍したって怒らないわよ」

「さっき確認したけど、半分スケスケ。視界に入るパーツは無事で一安心」


 いや、全然安心してる場合じゃない。

 俺、脱いだら凄いぜ(透けてるぜ)?

 冗談を言ってる場合じゃない。俺は、さっさと本題に入った。


「前任者の話、聞いたぞ。仕事でやらかせば凹むのは分かる。でも、それはすでに過ぎてしまったこと。ここで意気消沈しても何も変わらない」


 ピクリと、ラブコメのギョウカイ神が肩を震わせた。


「過去の失敗を聞いたけど、別にフレイヤが悪いとは思わなかった。まぁ、こういうのは本人の責任感次第。自分のせいだって言うんなら、その件は追及しない。文句もない」


「ん……」

「お互い、岐路に立っている。オメーは、トラウマと決別しなくちゃならない。たとえ汚名返上ができなくとも、ラブコメにしがみつくなら頑張れよ。どうせ、他のジャンルは不得手だろ? 落ちこぼれのギョウカイ神?」


 俺が試すように嘯けば、フレイヤはこぶしを握り締めた。


「……失礼な主人公。わたしにお説教するなんて偉くなったものね。冗談は、顔と態度と能力と声だけにしてちょうだい」

「はいはい、サーセ……って、実質俺の全てを否定するな!」


 スケスケじゃなくて、無になるところだったぞ。虚無の狭間を彷徨え!

 無個性アピールは、逆に主人公っぽいな逆に。


「一応、確認するわ。隆の問題は、リンネに頭を下げれば解決できるもの。固辞するのは、愚者の選択よ。理由はプライド? 意地や矜持? それとも、単純にバカなの?」

「プライドは……ないな。長いものに巻かれてこびへつらいながら太鼓を持つようなパフォーマーに俺はなりたい」


 しょうもねーが、ある意味極めれば役立つ一芸である。自己PRにも書けるぞ。


「――否、俺は結局、適正がある異世界転生を体験したのに自力で帰ってきちゃった。俺TUEEEでも承認欲求を満たせなかったのか、そもそも目標がない体たらくか。ハッキリ言えるのは異世界の文化が合わなかった! あっちの水を飲むと、お腹を壊す!」


 異世界ツアーの記憶は綺麗さっぱり消失している。

 されど、自然と出た発言に自信があった。お腹がぎゅるると鳴った気がする。

 チート能力で無双したであろう俺。カルチャーショックに敗北した件。


「それだけ? 隆、わがまま言わないで我慢しなさい」

「俺は、悪くねぇッ! 俺が何の苦労もしない異世界へ転生させないのが悪いんだッ!」


 異世界転生ってそういうもんだろ? うわー、主人公様すごーいステキ流石だな。

疑問や難癖を生じさせず、主人公をぬるま湯にジャブジャブ浸けたまえ。そうすれば、俺の正常な思考力が溶けてこちらへ戻って来なかっただろう。


「……畢竟、あっちの生活より、こっちの生活の方が楽しいってことか……ピンク色の自称神とあたふたラブコメに励む日常が……?」


 独り言のように感想が漏れ出していく。胸のつかえが取れた感覚だった。


「誰がピンク色よ! このチンチクリン!」


 フレイヤが、ようやく顔を上げた。猫もかくやシャーっと威嚇する。


「大体、わたしが心配してあげたんだから、もっと殊勝な態度取りなさいよ! 何、勝手に異世界行ってるわけ? わたしに相談するでしょ、普通? いいえ、隆は普通の子じゃないわ。それこそ無理な相談ね。ふんっ、悩んだわたしが一番バカだったの? 気に入った子が別のギョウカイ神にちょっかい出されるほど腹立たしいことはないわ。たとえそれが、本来の担当者だったとしても! リンネの場合、ただの嫌がらせと点数稼ぎだから余計ムカつくの! わたしが抱く悔恨の念? そんなものより、あなたの無事の方が大事に決まってるでしょ。言っとくけど、ラブコメ主人公として大成するまで導いてあげる。わたしはもう決めた。諦めないからそれまでずっと一緒よ? 覚悟しなさい、このチンチクリン!」


 フレイヤは剣呑な様子で、はあはあと息を荒げていた。


「お、おう……了解」


 とりあえず、土下座しとく?

 プライドのなさに、プライドかける? 深々と頭を垂れて、床と意思疎通図っとく?


「俺のギョウカイ神は、フレイヤでいいよ。俯瞰されるより、近くにいた方が安心だ」

「当然でしょ。アットホームな環境作りは業務委託の基本よ」


 フレイヤは、得意げに薄桃色の髪を払った。

 あぁ、リアルガチで自宅に転がり込んだからな。


「目下、俺は消滅の危機。原因はリンネの策略にまんまとハマったこと。であるならば、先方を利用して逆転する。明らかにピンチな状況こそ、主人公が相応しい活躍を振舞う絶好のチャンス」


「何か考えがあるわけ?」

「もちろん、俺に良い考えがある」


 古今東西、良い考えは良い考えにあらず。


「隆の作戦って聞くだけで心配だけど」

「いやいや。フレイヤが協力すれば、多分成功する、と思う」

「多分じゃダメ。わたしの主人公なら必ず成功させなさい」

「御意」


 別に、難しいミッションじゃない。前回はアウェーで戦い、負けたのだ。今回はホームグラウンドを用意する。決戦の場でお喋りすれば、あとはルートを進むのみ。

 俺は、<異世界転生>のギョウカイ神を出し抜く作戦を思い描いていた。

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