第30話 目覚めの時
アパートを出ると、中庭でエルノートとナイトレイがBBQを楽しんでいた。
「あっ、それワタシが育てたお肉! 勝手に取らないでよっ」
「BBQは、弱肉強食の世界。我の前で油断したエルノートが浅はかだ。戦場なら、死んでいたぞ」
「もう! ナイトレイ、野菜全然食べてないじゃん」
「否、そんな草を食べたところで強くはなれんのだ」
すっかり友達になった二人が楽しげに会話をしていた。
「じゃあ、パプリカおすそ分け」
「きゃっ」
ナイトレイ、皿に差し出されたパプリカにビビる。
「きゃっ、だって! 意外、辛いの苦手なんだー」
「苦手ではない。得意ではないのだ」
ナイトレイはあくまで平静を装い、パプリカを網へ戻した。
「そんなムキにならなくても……あ、タカシ! どっか出かけるの?」
「うん。ちょっとな。そろそろ、戻らなきゃならない気がした」
「戻るってどこに? この前、タカシがここを拠点にするって言ったばかりでしょ」
エルノートは俺に皿を手渡すと、肉と野菜を盛り付けてくれた。
魔獣の肉はジビエ料理のような野性味溢れる味で、俺は一口でフォークを置いた。焼き肉のタレを開発すれば、きっと大儲けできる。レシピは残しておこう。
「――湿っぽいのは苦手だから、別れの挨拶は簡単に。俺、そろそろ帰るよ」
「……どういう意味? 全然、分からないけど? 帰る家はここでしょ?」
またいつものおふざけか、と苦笑したエルノート。
俺は、頭を振った。
「思えば、遠くに来たものだ。制限時間があったはずなのに、この世界で随分と過ごした気がする。俺は本来、異世界転生の主人公――になるはずだった。でも、違う」
――起きろ。
「意気揚々と未来予想図を描いてたら、はしごを外された。マジかよって思った」
独白が続く。
「主人公になれず、存在証明とか小難しい理由で消滅の危機に陥った。けれど、風前の灯と化した俺に手を――」
「タカシ! もう、やめて! 何言ってるか、意味分かんないよ!」
エルノートが皿を落とすのも構わず、声を荒げた。
「悩みがあるなら、ワタシが一緒に解決してあげるっ。この家でずっと暮らせばいいじゃん! せっかく! せっかく……仲間ができて、大変だけど、里にいたままじゃ得られなかった楽しい生活を見つけたのに……」
俺がいつもと違う表情をしていたのか、エルフの少女は悲痛に歪んでいく。
「ふむ。貴様が何を以って暇を求めるか、我には見当が付かん」
ナイトレイは感情揺らがず、あくまで淡々と。
「否、本気なのだろう。貴様とは短い付き合いだが、瞳に宿る意志は本物だな。やれやれ、それが貴様の本性か」
そう言って、ナイトレイが聖剣を抜いた――時にはすでに、俺を斬りかかっていた。
「瞬く間に一閃。流石、聖剣使い。でも、居合はせめて刀でやってくれ」
「フン。眉一つ動かさないのだな。それでこそ、我が打倒すると誓った好敵手ッ」
黄金に輝く聖剣による怒涛の連続斬撃を繰り出していく。
切り上げ、切り払い、切り下ろし。あらゆる角度から剣尖が襲いかかった。
俺はさして苦もなく、聖剣の軌道をフォークで突いて捌いた。
「おのれ、心眼か!?」
「いや、ただの動体視力。異世界転生した奴は、テキトーな理由付けで最強になる。俺の場合、伝説の魔法は全て日本語で解読できる。だから、最強。やっぱ、現地で生きてる人に申し訳ないぜ」
「ほざけッ。理由など、どうでもいいのだ! 我は、強敵と打ち合えれば――」
刹那、俺は攻撃に転じた。
フォークに硬化や鋭利、衝撃のステータスを魔法で付与し、聖剣の刀身中腹を刺突。
バキンッ!
クリティカルヒットと呼ぶに相応しい破壊音が響く。
それは、聖剣が真っ二つにへし折れたことを告げていた。
「ば、バカな!? スターライト結晶で鍛え上げられしゼットカリバーが折られた、だと?」
「俺は、Fランクの冒険者だからな。大事な武器を乱暴に扱って、すぐに壊すんだ」
「クッ」
無念と膝をつくナイトレイ。
チート野郎の主人公に関われば、ろくな目に合わない。
今回の教訓だ。授業料は高くついたかもしれないが。
「エルノート」
「……」
視線を交わした途端、そっぽを向かれてしまう。
「最初は妙な子に付きまとわれたと思ったけど、君のおかげでいろんな体験ができた。ありがとう。あの家は好きに使ってくれ。ラスダンで稼いだ素材や宝石、俺が現代知識で作った道具もある。多分生活には困らないはず」
されど、返事がない。
あいにく、俺は他人を慮るような誠実とは無縁だ。
いつまでも、待つと思うな、転生者。
躊躇なく、最後にして、最新の魔法を発動しかけたタイミングで。
「……ないで……ありがとうって言わないで!」
エルノートが真っすぐ駆け寄ってきた。
手を伸ばす。友人に向けて。ただ純粋に。
「タカシぃぃいいい! 勝手に満足するなぁーっ」
しかし、エルノートは小石に躓いて、その手は空を切ってしまう。
「っ!」
うずくまる彼女の元へ一歩動いたが、俺はゆっくり二歩下がった。
「元の世界へ戻る方法はずっと考えた。封印指定の魔法・ワープ。テレポートとの違いが判らなかったけど、これは元来異世界へ飛翔する奥義だ」
昔、魔法を作れるチート能力者が発明したらしい。案の定、古文書は日本語で書かれた。
「この世界で手に入れたものを置き土産にして、自らの身体を縁ある世界へ送り出す。いわゆる異世界送還」
「そんな説明はどうでもいいの! お願いだから、ワタシと――」
仲良くなった女の子の懇願に、後ろ髪を引かれる思いがした。
否、俺にはそんな子が他にいなかっただろうか?
仲良くなった女の子。もしくは、これから仲良くしようとした女の子が。
――起きろ。
内側から沸き上がる焦燥感が、俺に最後の魔法を発動させた。
「さよなら、異世界。俺が主人公として活躍するはずだったファンタジー」
幻想はいつか覚めるもの。
夢もうつつも泡沫のごとく消えゆく定め。
「俺ぇぇえええエエエエッッ! 起きやがれぇぇえええエエエエーーっっ!」
俺はFランクの冒険者ゆえ、詠唱すべき呪文など暗記していない。
それでも、足元に魔法陣が浮かび上がった。光の奔流が天へ昇っていく。
「あっ、あぁ……あああああああ!」
エルノート、ごめん。俺のことは許さなくていいから、他の主人公は……
まぁ、異世界転生したチート連中は総じてろくでもないか。よし、全員嫌え。
俺の身体は光に包まれ、文字通り生まれ変わるような浮遊感を味わった。
ここで得たものが剥がれ落ちていくようだ。
ここで過ごした日々が遥か彼方へ遠ざかっていく。
ワープの余波だろうか。
俺の頬に、一筋の光の粒子が伝っていた。
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